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第72話

 あれこれ考えるのが面倒になったすえに、こうした。テーブルをひと跨ぎに細い(おとがい)を掬う。輝夜を仰のかせるのももどかしく、朱唇を奪った。  勢いあまって前歯がかち合った。切れた口角がひりひりするが、かまわず舌で結び目をこじ開ける。とはいうものの正真正銘、生まれて初めての接吻とあって、まごつく。番うにあたっては準備が必要なのと同じく、舌で睦むさいにも何か特別の決まり事があるのだろうか。  自ずとしゃっちょこばってしまうと、 「以前、おれが唇をついばもうとしたときは拒んだ。どういう心境の変化なんだろうね」  困惑と揶揄をない交ぜの私語(ささめごと)が唇のあわいをたゆたう。  むっとした顔に朱が散った。接吻なんかするんじゃなかった、と少しく悔やむ一方で豊潤な口腔を味わい尽くさずにはいられない。  改めて舌をすべり込ませて、輝夜のそれを搦め取る。ねじ切る勢いで吸いたてると、やんわりと舌を咬んで返すというやり方で、たしなめられた。 「獣人の犬歯はヒトのより尖っているんだ。加減してくれないと、痛いよ」 「四の五のぬかすな、うるせえ」  もぎ離されるはしから唇を重ねて、小魚のようにすいすいと逃げる舌を追いかけ回す。ふたりのそれが混じり合った唾液をすすると、なおさら夢中になった。息継ぎする暇さえ惜しんで、刷毛になぞらえた舌で隈なく探索する。  中途半端に腰を曲げているために、その腰がぎしぎし言いだして、だが情欲と対極をなすものに突き動かされて繰り返しくちづけた。駄々っ子をあやす体で舌をくすぐられると歯止めが利かない。  ──兄貴の唇の感触を憶えているか……。  甘みを増した呼気もろとも愚問を呑み込む。もちろん、と断言されたらヤスリをかけられたような痛みが胸を走るかもしれない。忘れた、と言われたら薄情者と罵ってしまうかもしれない。どちらの答えを歓迎するべきなのか判断に迷う。  ヴォルフは舌を巻きつけなおした。と、ともに引きずりあげるように輝夜を立たせて抱きすくめる。視野の端で指環がきらめき、目を射ると、根こそぎにするようにきつく吸いしだいてしまう。  ジョイスの後釜に座ろうなんてこれっぽっちも思っていないが、では輝夜との関係が今後どういう形へと発展していけば、俺は満足できるのだろう。

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