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第73話

「芋掘りじゃあるまいしガムシャラに吸われると、いいかげん舌が攣る」 「ケチるな、もう一回」  再び舌を絡ませた折も折、水しぶきをあげながら扉が外側から開いた。 「お待たせー、お酒と夜食を買ってきたよ……おいら、やっぱりおじゃま虫?」  ソーンは両手で顔を覆い、ただし目いっぱい指を広げて、菱形を成す覗き穴をこしらえた間からじろじろと見つめてくる。  ヴォルフは殊更ゆっくりと握り拳に息を吹きかけた。それをおみまいする真似をすると、 「キャア、ぶたないでえ」  ソーンは長椅子の向こう、掃除道具入れの陰と、ちょこまか逃げ回ったあげく輝夜の背中に隠れた。しかもアッカンベをするという、ふざけっぷり。 「ずるがしこいやつだなあ、こら、出てこい」 「へへーん、だ。鹿族は、豹族とはおツムの出来が違うのさ」    ヴォルフが右に動くと、ソーンは輝夜を楯に取って反対の方向へずれる。おどけて踊るように、ぐるぐる回っているうちに輝夜が噴き出した。大輪の花が咲いた瞬間を思わせて、底抜けに明るい笑顔を見せた。 「楽しいな、きみたちといると本当に楽しい」  いきなり、そして、とびっきり素敵な贈り物をもらったように胸が高鳴った。ヴォルフは覿面に火照りはじめた頬を搔きむしり、殴られた痕をまともにこすって顔をしかめた。  ときめくという現象は、もしかするとこういうことを指して言うのだろうか。たかが輝夜の笑顔ひとつで、洟垂れのガキみたいに浮かれちまうなんて、一体全体どうなっている?  荒々しく尻尾がしなり、壁の掲示物を薙ぎ落として答えをはじき出す。三人組とやり合ったさいに打ちどころが悪かったせいで、脳みそが誤った指令を下すのだ。  ともあれ宿直室の床に車座になって、飲んで食べて語り明かす。夜通し雨がざあざあと降りつづけて、坂の下では冠水騒ぎがあった。  あたかも永久不変に盤石と思われたハネイム王国の土台に、ひびが入ったところを象徴するかのような出来事だった──。  季節は移ろい、耳欠け病にかかって(たお)れる獣人が倍々方式で増えていく。ここにきて、ようやく御触れが出た。

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