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第7章 月映え

    第7章 月映え   家財道具を満載した大八車を、えんやこらと押して進む狼族の一家がいる。うずたかく積まれた荷のあまりの重さに、車軸が軋みをあげる荷車もある。  背負子に、大型の鞄に、身の回りの品を詰め込めるだけ詰め込んだ獣人たちが、首都ウェルシュクと周辺の都市を結ぶ街道を列をなして歩く光景は、新たな風物詩となりつつあった。  彼ら、彼女らは縁故を頼って疎開するのだ。よからぬ噂を広めた者は刑に処す、ならびに集会を開くのを禁ず、という御触れが引き金を引いたのだ。耳欠け病の流行がはじまって以来の不安感が臨界点に達した結果だ。  曰く首都は壊滅的なまでに汚染されている、耳欠け病を封じ込めるためと称して戒厳令が()かれるのは時間の問題だ、検問所が設けられて番兵が監視にあたる前に安全地帯へ、安全圏へ!   ……少なからぬ数の保菌者がまぎれ込んでいて、地方へ移動したわけだが。    盛夏のころは青々としていた海が黒ずんだような気がする。ヴォルフはそう思い、桟橋にたたずんで煙草を咥えた。  漁に出る舟が一艘減り、二艘減って、市場の小僧連中が手押し車にトロ箱を積みあげて走るところもめっきり見かけなくなった。土地っ子としては淋しい限りだ。  煙草をへし折る勢いで灰を弾き落とした。朝一番に父王・ラヴィアに謁見を願い出て許されたのだが、胸くそ悪いものに終わった。  謁見の間の床は微妙に傾斜していて、奥へ行くほど高い。臣下に威圧感を与える細工がほどこされているのだ。  それでもヴォルフはラヴィア王を前にして、先日の酒場の件を例に引いて熱弁をふるった。不逞の(やから)跋扈(ばっこ)する今日このごろ、早急にヒトを保護する必要がある、と。  ところが返答は呆れ果てるものだった。  ──末の息子よ、八百万国家のハネイムに占めるヒトの割合を知っておるか。  ──およそ万分の一。つまりヒトが納める税金の額など微々たるもの。ならば別の形で国家に貢献してこそ真の国民と言えよう。  ──(ちん)は王家の安泰を図ることで最大多数の幸福を実現する。〝耳欠け病はヒトが人為的に広めている〟。民草がその説を信奉するなら、それもまた()なり。不穏分子の目を逸らすには多少の犠牲はやむをえぬものであり、国益に適う。末の息子よ、(まつりごと)の神髄は人心操作にあるのだ……。  要するにヒトをガス抜きに利用するのは、王室に非難の矛先が向けられるのをかわす狙いがあるということだ。利己的に臣民を選別して恥じない厚顔さに、虫唾が走った。  ──わかった、せいぜい高みの見物と洒落込むがいいさ。偉大なるラヴィア王よ、父子(おやこ)のよしみで、ご立派な獅子の耳がもげないよう祈っててやるよ。

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