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第78話

「あっ、あっ、亀頭が、亀頭が、核にこすれる……っ!」 「あんたの先っぽ、こいつをグリグリすると、ぬるぬるのベタベタだ。本当に好きだな」 「だい、好、き……でも、そこばかり苛めるのは……んん、ああっ!」    ヴォルフの胸の中を冷たい風が吹き抜けた。大好きは、あくまで官能の中枢を刺激されることであって〝きみ自身のことが大好き〟の婉曲的な表現だなんて自惚れるほど、おめでたくない。現に、律動を刻むたびに愛の形見の指環がせせら笑うようにきらめきながら喉元で躍って、微かな希望を打ち砕くのだ。 「深、すぎる。苦し……い……っ!」  ジョイスはおろか、誰ひとり到達したことがない深みを踏み荒らしたい一心で、奥の奥に照準を定めてえぐり込む。彼我の境目があやふやになるほどひとつに溶け合っていても、決して充足感を得られないとは、何かの呪いがかかっているかのようだ。 「くそ……っ、あんたはズルい、ズルい」  そうだ、輝夜はかき乱したい放題に心をかき乱してくれる。ちんぷんかんぷんで、しかも紙魚(しみ)に食われた痕だらけの書物を読んでいる気分を味わわされっぱなし。割に合わないことおびただしいのに、不可解な点もひっくるめて彼に惹かれてやまない自分に、いっそ腹が立つ。  べそをかく寸前のようにゆがんだ顔を、快感に震える肩に埋めた。すると輝夜は訝しげに頭を振り向けて、目を瞠った。そして、わななく唇をついばんできた。  おざなりのくちづけなど恥辱を受けるに等しい。ほどこしを受けるほど落ちぶれてはいない。ヴォルフはつながりを保ったまま、輝夜を這いつくばらせた。細腰を抱えあげて、荒々しくうがつ。 「もう無理、無理、こわれ……る……ひっ!」  達するはしからまた欲しくなり、回復するのを待ちかねて攻め込む。塩分で腐食して切れることを(こいねが)って、汗が鎖にしたたるに任せながら呟いた。誰にも輝夜を渡さない、命を売り渡す羽目に陥ろうが絶対に。  誓いの印に血判を押すように、うなじを強く吸って、象牙色の肌に花を咲かせた──。  地鳴りのような靴音がこだました。脊梁を彩るひと筋の飾り毛が逆立ち、ヴォルフは鎧戸を細目に開けた。  涼風(すずかぜ)がシーツを撫でていき、じっとりと澱む性の匂いが薄らぐ。  西の空は朱金に染まりはじめていた。彩雲が棚引き、斜面に沿って建ち並ぶ家々が照り映える。あたりが薔薇色の濃淡に染まる日の出のころと並んで、首都ウェルシュクが華やぐ時間帯だ。  交易船の乗組員が帆を下ろすのも忘れて見蕩れる景色のなかにあって、手に手に板を掲げたその集団は、どす黒いシミのように禍々しい。  板には〝ヒトを隔離しろ〟〝病原菌を野放しにするな〟と書かれていた。  子どもたちが(はや)し立てながら後にくっついていく。王宮をめざして練り歩くにしたがって集団は膨れあがり、大蛇が這い進むさまを髣髴(ほうふつ)とさせる様相を呈する。

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