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第79話

 ただし具合が悪い者が相当な人数混じっている。咳き込むと、寄ってたかってつまみ出す。ある豹族の男の頭は平らかで、耳が失われたうえに高熱に苦しんでいる様子で足どりがおぼつかない。へたり込んでも手を貸す者が現れるどころか、隊列は中州に行き当たったように病人を避けて進む。  薄ら寒い光景だ。ヴォルフは鳥肌が立った二の腕をこすると、静かに鎧戸を閉めた。正義は我にあり、と近視眼的な考え方を旗頭に大衆を煽動する者がいちばん厄介だ。  他者をいたわる気持ちを失ったとき、獣人は、ただの(けだもの)になり下がる。すでに兆候が見えるなら空恐ろしい話で、肉食獣系の種族が三つ巴の争いを繰り広げる事態になれば、ハネイム王国はおしまいだ。  グラスに水を汲んで寝台に戻った。輝夜は硬貨大の鬱血がちりばめられた裸身をさらして、ぐったりと横たわっている。さしずめ独占欲の具体例といったところだ。  つい口許がゆるむのを引きしめて、皺くちゃのシーツに座った。輝夜を抱き起こし、口移しで喉を潤してあげると、 「俺は優秀な生徒だと言ったな。あんたが授けてくれる知識を今後も片っ端から吸収してやる、ありがたく思え」  うそぶき、赤みを増した乳首をつついた。次いで世間話めかして、紫煙をくゆらせながらさりげなく切り出す。 「うちは狭いが、耳欠け病がらみの騒乱状態が収まるまであんたを匿っておく程度の余裕はある。今日中に移動するぞ」 「気持ちはありがたいけど、きみに累を及ぼすわけにはいかない。大丈夫、隠れ場所ならちゃんと心当たりがある」 「心当たりってのは、どこだ、そこは」  煙草がさらい取られるのと入れ替わりに接吻を受けた。はぐらかしたい、という意図が丸わかりなだけに癇に障る。煙草を取り返し、へし折った。匿うというのは建前で、おはよう、おやすみ、と言い交わす日々を送りたいのだ──。  本音を吐きたいのは山々だが、ケンもホロロにあしらわれるのがオチかもしれない、と弱気の虫にとり憑かれてしまう。言葉は喉に(つか)えて、歯がゆさのあまり尻尾が毛羽立つ。  と、悪戯っぽい眼差しが向けられた。 「力になってくれるというなら風呂を沸かしてほしいな。だるくて、動けそうになくて」 「任せろ。ついでに躰も洗ってやる」  今すぐ、無理やりにでも家につれて帰りたい気持ちを抑えて力こぶを作ってみせた。一転してヴォルフは真顔になると、すべらかな頬を両手で挟みつけた。そして涼やかな双眸を覗き込み、魂の奥底に直接刻みつけるように真摯な口調で囁きかける。 「黙ってどこかに行くのは、許さない」

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