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第94話

 ヴォルフは尻尾を手櫛で梳きまくった。結論はすでに出ていて、それを輝夜の口から言わせるのは残酷だ。そう思い、それでも一縷(いちる)の望みにすがって問うた。 「何か、応急処置的なことはできないのか」 「最良の選択は不時着。おれにできることは飛行艇が設置した瞬間の衝撃を少しでもやわらげてくれる場所を探すこと」    ヴォルフに対して、そして自分自身に言い聞かせるように話を締めくくると、(まなじり)を決して操縦桿を握りなおした。バネが伸びきったように頼りない踏みぐあい、というペダルを踏みつけながら、鬱蒼と木々が連なる斜面を睨む。  まったくの制御不能に陥る前に、なるべく速度を落としておくべく奮闘しているのだ。ヴォルフは意図を察して、シャベルを摑んだ。  水蒸気の量が減れば減っただけ機体への負担も軽減されて、そのぶん助かる確率が高まるに違いない。腕をあちこち火傷しようがかまわず、どんどん(かま)から石炭をかき出していく。  がたがた、がたがた。ごとごと、ごとごと。不気味な振動が焦燥感をかき立てて、どちらの顔も脂汗にまみれる。お互い死に物狂いになって罐もしくは操縦桿と格闘し、だが、運を天に任せる段階に入ってしまった。  透明な巨人が飛行艇を揺さぶっているように、機体が右へ左へと傾くたびにリュックサックやバケツが転がり、壁だの足だのにぶつかる。  なす術を失ったまま、ついに機首が斜め下を向いた。緑の海という(おもむき)の山肌がぐんぐん迫ってくる。ぽっかりと開けた一角は、あれは泉だろうか、朝陽がきららかに反射する。 「しっかり摑まって!」 「あんたもな!」  バキバキと枝をへし折りながら木立の中へと突っ込んでいったせつな、ヴォルフは輝夜に覆いかぶさった。直後、貨物室の側から大木に激突した。  耳をつんざくような破壊音が轟き、船形の脚部が砕けた。片方の翼がもげて、隔壁が裂けた。パイプが罐から跳ね跳んで火の粉が舞う。蜘蛛の巣状にひび割れた風防ガラスに、無数の木の葉が張りついた。  さしずめ巣をかける異形(いぎょう)の鳥の図、だ。飛行艇は暫時、大枝に乗った状態で静止した。

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