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第9章 月華
第9章 月華
甲虫が草の葉を揺らし、朝露が散った。そのうちの一滴は、煤で黒ずんだ額に落ちた。
冷てえ、とヴォルフは夢うつつに額をこすった。それが頭に響いて意識を取り戻した。糊づけされてバリバリと音を立てるような睫毛をほぐしながら目をあけるなり、その目をぱちくりさせた。
ここは、一体どこだ……?
木々に囲まれて松脂 の香りが鼻につんとくる。身じろぎするのにともなって、錆びついた蝶番のように関節という関節が軋めく。吐き気をもよおし、のたうっている間に、飛行艇に故障が発生して以降の記憶が甦った。
手足の指を一本ずつ曲げて、四肢も順番にそうすると、すべて正常に動く。やけに背中がちくちくするはずで、分厚く降り積もった松葉の上に寝転がっているのだ。天然の緩衝材のおかげで命拾いしたわけで、てめえの悪運の強さに微苦笑を誘われた。
脳震盪を起こしたとみえて、立ちあがったとたん尻餅をついた。四つん這いになって這い進む。墜落の巻き添えになった大木は焼け焦げて、無惨な姿をさらしていた。
今さらながら背筋が凍る。お陀仏になっても不思議ではない状況だったにもかかわらず、ぴんぴんしている。豹族と獅子族のいいとこどりだけあって、我ながら頑丈にできている。
そんなことより輝夜は……?
飛行艇はかろうじて原形を留めているものの、もはやガラクタの山だ。詰め物がはみ出した座席や、つぶれた部品が散乱しているさまが、地面に激突したさいの衝撃度を物語っていた。
残骸の見本市といった光景の中にあって、薄汚れた程度のリュックサックが混じっているのは奇蹟だ。
輝夜は、といえば。これぞ、まさしく奇蹟。
虚空へ放り出されたさいに、機体から剝がれた帆布が全身に巻きついたとおぼしい。ちょうど繭にくるまれたような恰好で、木 の間を透かして見る泉の畔 に横たわっていた。
ヴォルフは、こけつまろびつ駆け寄った。無事だよな、無事に決まっている。だったら、どうしてぴくりとも動かないんだ……?
足がもつれて、つんのめりながら岸辺に膝をついた。濡れ羽色の髪の毛が泉水につかり、藻のように揺らめくさまに震えあがった。
「おい、起きろ、おい」
揺り起こそうとして、寸前でやめた。頭を打っていたらコトだ。葉叢 の色を映して青みがかった顔は、何ヶ所かすりむいているが大したことはない。泉水が鮮血で濁っていく様子も、手足が異様な角度にねじれているということもない。
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