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第98話

「きみはガサツに見えて神経が濃やかで、義侠心に富んでいて。天邪鬼なところもひっくるめて……好きだ」  うれしがらせの類いの〝好きだ〟に深い意味などあるわけがない。一瞬、どぎまぎした自分自身を嗤い、ジーンズのポケットから煙草の箱を引っぱり出す。咥え取ったものの先端で、あたりを示した。 「ここいら一帯はハネイム側、ムストワ側、どっちだ」 「飛行艇が落ちたのは……確か九合目のあたりで、だから、たぶんハネイム寄り」    山奥を巡回するほど国境警備隊がマメだとは思えないが万一、出くわしたら厄介だ。ふたりとも早々にリュックサックを背負い、 「いいものが生えていた。ヨモギと言ってね、これには殺菌作用があるんだ」  という野草を輝夜が積んで、生乾きの血がこびりついたヴォルフの額に汁をすり込んだ。 「に、しても例の隠れ里を探すにしたって、山のどこかにあるってだけじゃ漠然としすぎてるだろうが。もうちょいマシな手がかりはないのか」 「山のことは猟師か(きこり)に訊くのが一番だ。閉鎖的な里でも物々交換する関係で、つき合いがあるはずだから……おれの故郷の村でも塩は猟師に融通してもらっていた」  山頂付近は(ふもと)より季節の進みぐあいが三週間ばかり早い。(やぶ)はほんのり色づき、ただ深いところでは背丈を超える。  ヴォルフは小刀と、輝夜が荷物に詰めてきた(なた)を交互にふるって、ざくざくと藪を薙ぎ払った。輝夜は野生の、熟したブドウをもぎながら後につづく。道なき道を踏み分けて尾根に出るころには、残照が山の()(あけ)に染めていた。  枯れ枝を集めて火を(おこ)す。輝夜は持参の寝袋にくるまり──譲る、いらねえと、ひと悶着あったが──ヴォルフはかたわらの地面にごろりと寝転がった。もっとも眠りは浅く、悪夢にうなされた。  躰を揺さぶってくるものを撥ねのけると、やわらかい感触が掌に残った。痛っ、と小さな声が悪夢の残滓を削ぎ落とし、跳ね起きる。輝夜を見やれば頬を押さえていて、つまり寝ぼけて引っぱたいてしまったらしい。  豹の耳がぺたりと寝て、尻尾がだらりと這って、しょぼくれた影が地面に映った。 「悪い、殴り返してくれていいぞ」 「わざとじゃないのは、わかっている。ハネイムを出て以来、強行軍だったものね、疲れているんだよ」 「ソーンが! ……かかっちまった」    夜の底で(ふくろう)が鳴いた。ホウホウ、ホウホウとヴォルフをなじる。仰のいて、枝々に縁取られた星空を睨んでいるところを抱き寄せられた。  病床にある友人を見捨ててきたという忸怩(じくじ)たる思いと、自分自身が発病するかもしれないことへの潜在的な恐怖。ない交ぜに震える躰に、しなやかな腕が慈しみに満ちて回される。

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