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第99話

 ガキ扱いかよ、とヴォルフは腹の中で毒づいた。だが不安に押しつぶされそうなこのとき、縦横ともにひと回り小さな躰が、時化(しけ)の海で見いだした灯台さながら頼もしく感じられた。全力でしがみついて返すとツムジに唇が舞い落ち、温もりに甘えることを自分に許す。  それでいて指環が焚火に照り映えるさまに、むかむかする。決死行の道づれは兄貴じゃない、この俺だ、ヴォルフ・リュタニル=ラヴィアだ。あんたの心の中に俺の居場所を作ってくれ……!  あくる日も夜が明けると同時に行動を開始した。湧き水で渇きを癒やし、手持ちの缶詰を半分こにして空腹をまぎらすのもそこそこに先を急ぐ。輝夜によれば、山中で誰かを探すときは煙が目印になる──とのこと。 「煮炊きするにしても暖を取るにしても火は欠かせない。つまり煙は、のもとへおれたちを案内してくれる。その誰かが隠れ里の場所に心当たりがあれば、双六でいうは目前だよ」  とはいえ山は広い、砂浜に埋もれているダイヤモンドを掘り当てるようなものだ。稜線に沿って行きつ戻りつしているうちに、虚しく日が暮れた。  頃合いの(いわや)に今宵の宿を求めた。、ついうっかりしたが折りしも月齢十五の夜。  石を積んで素朴な(かまど)をこしらえているさなかに、どくん、と原始の豹の血が脈打った。  (さや)かな月の光は、いわば触媒だ。各種の臓器が特殊なホルモンを分泌しはじめたのを契機に、そのときが訪れた。  メタモルフォーゼ──直立歩行に適した体軀から、四足歩行に即したそれへと変化(へんげ)を遂げる過程では毎回、骨も腱も筋肉もてんでんばらばらに伸び縮みするような苦しみを味わう。  ヴォルフは、うずくまった。一転して脊梁がたわむほど弓なりに反り返り、かと思えば突っ伏す。のたうち回るのにともなって尻尾が竈を打ち壊し、焚きつけに集めた枯れ枝を弾き飛ばした。 「変化中の獣人に近づくのは自殺行為。ヒトは素早く風上側に移動、もしくは隠れる──が鉄則だけど、大丈夫かい?」  背中をさすってくれようとする手を払いのけて木立に駆け込み、縮こまった。だが月光が射し込んで、皓皓と肌を灼く。  すでに小さなものをつまむのが難しい指でジーンズのファスナーを下ろして、衣服を脱ぎ捨てた。背筋に沿って生えている飾り毛が、ぐんぐん面積を広げていき、やがて全身が斑紋に彩られる。牙と鉤爪が伸び、逆に声帯は退化して唸り声が洩れる。  進化の歴史を遡るようなメタモルフォーゼに際しては、すさまじく体力を消耗する。口吻がせり出すとともに生肉への欲求が高まり、(よだれ)がだらだらと流れる。

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