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第101話

 粒珊瑚のような乳首がちらつき、ヴォルフは馬乗りになってきた輝夜の下から這い出した。メタモルフォーゼを遂げたあとの獣人がヒトと番ったという話は聞いたことがないが、危険だ。  今し方のひと幕を例に引くまでもなく、事の最中に(たが)が外れたが最後、何をしでかしてしまうか予想がつかない。  急いで木に登った。高い枝に落ち着いたところで、ふと鼻をひくつかせる。新月のころに較べると格段に発達した嗅覚が、炭の匂いの底にひそむ狼族の微かな体臭を捉えたのだ。風向きからいって西の方角から運ばれてきたとおぼしい、それ。  輝夜が接触したいと望む猟師ないし(きこり)に類するへと導いてくれる……? 「手がかり、つか、摑ん、だ。乗、で」    地面に降り立ち、背中に向けて尻尾をひと振りした。前肢で地面を搔いて困惑顔を向けてくる輝夜を再度せっつくと、彼はためらいがちに跨ってきて、たてがみを手綱になぞらえてやんわりと握る。両の膝で胴体を挟みつけつつも、ヴォルフの負担を軽くするためとみえて腰を浮かせた。  ヴォルフは全身のバネを利かせて駆けだした。獣人へ進化する以前の、密林に君臨していた時代の野生の血が爆発的なエネルギーを生んで、四肢が大地を力強く蹴る。  (やぐら)状に折り重なって行く手をふさぐ倒木の山をまとめて飛び越えた。地衣類が絨毯をなす一角は軽やかに、みっしりと生えた樹木の間はジグザグに駆け抜けて、臭跡をたどる。 「すごい、速い。天馬に乗ってるみたいだ」  輝夜が振り落とされまいとしがみついてくれば、ますます奮い立つ。ノアザミの棘が肉球を刺しても、かえって加速する。天満月(あまみつつき)のもと尻尾をなびかせて西へ、西へ、千載一遇の好機を逃すな!  ところが突然、(あし)がぴたりと止まった。クマザサの茂みで覆い隠されているが、ここは地盤が弱い、と第六感が告げる。今しも茂みの根元で土塊(つちくれ)が砕けたあたり、いわば地すべりの巣かもしれない。  ヴォルフは用心しいしい、前肢でクマザサをかき分けた。すると案の定、足下の一帯が稲妻状にえぐれている。浮島と同じ原理で、これは大地が仕かけた罠だ。うっかり踏み込もうものなら落とし穴にはまったように、茂みもろとも崩れ落ちていた。  カラカラと、いつまで経っても小石が転がり落ちる音が反響しつづける。改めて覗き込むと、奈落の底まで切れ込んでいるような深い割れ目が走っていて、しかも辻馬車が縦に数台並んだほどの幅がある。そういった亀裂が南北数百メートルにわたって、こちら側と向こう側を隔てているのだ。

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