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第102話

「困ったね、おれでも飛び移れる場所がすぐに見つかるといいけど」  つまり迂回しよう、と提案しているのだ。ヴォルフは、背中から降りる気配を見せる輝夜を逆に揺すりあげた。をつかまえるのは時間との勝負かもしれない現在(いま)、悠長なことをしていられるか、前進あるのみ。  クマザサが、とりわけ密に繁っているところは比較的亀裂の幅が狭い。首をねじ曲げて、しっかり摑まっていろ、と目顔で念を押した。それから前傾姿勢を取って、庇のように張り出したあちら側の岩棚を睨んだ。  豹の跳躍力をもってしても厳しいかもしれないが、失敗は許されない。俺たちは飛行艇が墜落しても助かった強運の持ち主だ。しくじりっこない、一瞬後には反対側の大地を踏んでいる。  助走するさまは弾丸のよう。前肢の鉤爪でがっちりと割れ目の縁を捉え、後肢を跳ねあげて、空中に身を躍らせた。  ぱらぱらと今あった地面が砕けた。豹とヒトが一体となった影が、満月を背景に美しい弧を描く。銀色の雫を振りこぼしているように燦然と輝き、遙か彼方まで(かけ)ていくかに思えるくらいだ。  ヴォルフは、ひらりと着地した。呵々(かか)と笑う代わりに咆哮すると、こちら側の森に分け入った。  太いものから細いものまで枝々が網状に絡み合って、無数の袋小路を作り出す樹間を縫って突き進む。狼族の体臭を道しるべに、畑一反ほどの面積のぶん木を伐り倒してあるところに行き着いた。煙突と風見鶏が屋根に並ぶ小屋が建っていて、ひと筋の煙が棚引く。 「極上の乗り心地だった、ありがとう」  輝夜はにっこり笑い、口吻に朱唇を重ねた。小屋の前に進み出ると、緑青(ろくしょう)をふいたナマコ板の扉をノックした。 「ほいよ、あんちゃんかい? 入るときゃあ、月の光の野郎が射し込まねえように、気をつけとくれよ」  いたって普通の話ぶりで(いら)えがあった。声帯にメタモルフォーゼの影響をまったく受けていないとは、どういうカラクリなのだろう。てっきり山の事情に詳しい狼族を探し当てたと思ったのだが、糠喜びに終わるのだろうか。  ヴォルフはシャツの袖を銜えて引っぱり、注意を促した。中にいるのは獣人に化けた妖魔の類いかもしれないぞ。  輝夜は頭を撫でて返してくると扉を開けて、だが分厚い布が戸口をふさいでいる。そっと端をめくってみると、ここは炭焼き小屋だ。  煉瓦を半円形に積みあげた窯の前に、初老の男がかがみ込んでいる。白いものが混じったふさふさの尻尾が、作業ズボンの後ろで揺れていた。

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