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第103話

 ヴォルフは布をくぐって理解した。メタモルフォーゼに伴う苦痛に耐えかねて、鎧戸を(とざ)した家に閉じこもって月齢十五の夜をやり過ごす獣人が稀にいる。  どうやら男もそのクチらしく、目出し頭巾をかぶり、窓に板を打ちつけて、(ゆめ)、月光を浴びまいと用心を重ねているのだ。  鼻面で輝夜をつつくと、彼は男に穏やかに話しかけた。 「突然おじゃまして、すみません」 「なっ、なんだ、あんたらは! わしゃあ、あんちゃんが差し入れにきてくれたとばかり……」  男は火かき棒を構え、それを取り落とした。あんぐりと口をあけたとみえて頭巾の下半分がへこみ、一拍おいて素っ頓狂な声がくぐもった。 「豹族の若い衆と、こっちの細っこいのは魂消た! 世にも珍しいアジア系のヒトか」 「知恵を拝借したいことがあって伺いました。実は……」  と、輝夜は身ぶり手ぶりを交えて用向きを伝える。真剣な表情が怜悧な美貌に華やぎを与えて、ヴォルフはやきもきした。  樹皮を剝いで同じ長さに切りそろえた生木の束が、小屋の隅に積んである。それに飛び乗ると、頭を低くした恰好で身構えた。もしも男が怪しいそぶりを見せたときは容赦しない。鞭のように尻尾を打ち振りながら、暗に睨みを利かせた。  ハネイム王国の公用語はムストワ国のそれと共通点が多い。偏屈者に思えても話し相手に飢えていた様子で、男はいちいち相槌を打ちながらひと通り聞き終えると、頭巾をつるりと撫でた。 「わしゃあ仁義を守る性質(たち)だで、隠れ里がどこにあるか知ってても言えん」 「心当たりがあるんですね。あなたにご迷惑はおかけしません、おおよその場所だけでも教えてください」  男はだんまりを決め込んで窯の前にしゃがんだ。火勢を調節するふうを装ってひと呼吸おくと、右手の親指と人差し指で丸を作った。 「斧の()が欠けちまって買い替えにゃならんのよ」  つまり情報料を要求しているのだ。輝夜は、小狡い光を放つ青い瞳を困惑げに見つめ返したあとで、そうと気づいた。とはいえ代価に充てようにも、めぼしい物はひとつきり。唇を嚙みしめて衿ぐりから鎖をたぐり寄せると、それに通している指環を握りしめた。  ジョイスの真心がこもっている大切な品だ。恋人を偲ぶ(よすが)であったものだ。ためらいがちに、それでも背に腹は代えられない、とルビーの粒をほじくりはじめた。 「あこ、あこぎなやつは、こう、だ」  ヴォルフは男に飛びかかるなり頭巾を銜え取った。返す刀で板と窓の間に牙をこじ入れ、引きはがしにかかると、男はぺらぺらとしゃべりはじめた。

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