103 / 129

第104話

 ふたりは日の出を待って再び森に入った。早、晩秋の気配が漂い、初霜が降りて、ひと足ごとにじゃりじゃりと砕ける。苔むした木の根がデコボコに地面を割り、しかも急勾配の連続だ。気を抜くと、たちまちズルリといく。  とりわけヴォルフはメタモルフォーゼ後とあって、全身がだるい。だが輝夜の手前、歯を食いしばって斜面をよじ登る。  ──こっから一時間ばっかし登ると沢にぶつかるのよ。ほいで沢伝いに下っていくと、ちっこい滝の後ろに洞窟が口を開けてて、それが目印、隠れ里の入り口……。  手書きの地図と、まだまだ鋭い月齢十六の嗅覚を頼りに踏み分けていったすえに、岩の間をちょろちょろと流れる沢の支流に行き当たった。蔓もたわわにアケビが実り、ひと息入れるにはもってこいだ。  ほの甘い果肉を歯でこそげながら、輝夜が呟いた。 「ヒトだ、獣人だと色分けされない場所で、一緒に暮らしていけたらいいのにね……」  ヴォルフは、むっつりとアケビにかぶりついた。輝夜は、かつてジョイスと夢見た未来図をぽろりと口にしたに違いない。ふたりの世界を築きたい相手が俺のことかもしれないなんて自惚れてみろ、しっぺ返しを食らうのがオチだ。  舌で種をより分けて、吹いて飛ばす。そしてハネイムの方角を眺めやった。仮にソーンに助言を求めたら、まだ告白していなかったのか、と呆れられるだろう。  実際、ヴォルフにしても自分の腰抜けぶりに嫌気がさす。恋が成就するなり、フラれるなり、十代のうちに免疫ができていれば、案外あっさりと思いの丈を打ち明けていたかもしれない。だが遅咲きの初恋の哀しさで、ためらいが先に立つ。  下手に恋情をさらけ出したばかりに疎まれる可能性だってあるのだ。自尊心を傷つけられるわ、埋めがたい溝ができるわ、じゃ目も当てられない。でかい図体をしているくせにいじいじと、と尻尾が垂れた。  と、黒々とした瞳が真正面からヴォルフを捉えた。 「隠れ里のヒトたちが、きみを拒んだときは、おれは、きみとどこまでも旅を続けるほうを選ぶよ」  緑の海にまぎれがちな支流をたどっていくうちに水かさが増してきた。なおも遡ると突然、視界が開けた。  開墾地のなれの果て、といった荒涼とした風景が広がる。掘り起こされた切り株が、根を上にしてひと塊に転がっている。畑を耕して(うね)をこしらえた跡が残っていて、壁が崩れた掘っ立て小屋がぽつんぽつんと在った。

ともだちにシェアしよう!