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第10章 臥待月

    第10章 臥待月  王家には、概して血塗られた歴史がある。ハネイム王国を統べるラヴィア家の場合も、そうだ。たとえばヴォルフの従兄は現国王の逆鱗に触れたばかりに高い塔に幽閉されて、のちに怪死を遂げた。  怨霊の祟りではあるまいが、今やヴォルフ自身が囚人(めしうど)だ。すなわち、(のみ)をふるって掘り広げた岩室と格子から成る牢獄に閉じ込められている。  格子は蔓でできているが、十数本をひとまとめに()り合わせたうえで漆で塗り固めてあって頑丈きわまりない。引きちぎるのも嚙みちぎるのも無理、という代物(しろもの)だ。  ヴォルフは、格子と格闘したあとが赤黒く筋状に残る掌に息を吹きかけた。じめじめする岩壁にもたれて胡坐をかく。  煙草がほしい、だが切らした。爪を嚙んで口淋しさをまぎらせているうちに、隠れ里に着いて以降のいくつかの場面が頭に浮かんでは泡のように消えていった。  迫害を逃れて、忍びやかに暮らすヒトにとって、ヴォルフと輝夜はまさしく〝招かれざる客〟。  それも隠れ里の存続そのものを危うくしかねない闖入者(ちんにゅうしゃ)だ。洞窟を通り抜けたとたん、蛮族が攻めてきたとばかりに、里人は斧や手製の弓矢を手に集まってきた。  その数、ざっと五十。獣人出現前史の分類法を参考にすると、褐色の肌の南方系がいれば雪肌の北方系がいる、というぐあいに人種はさまざまだ。頭髪にしても赤毛に金髪、黒い縮れ毛に亜麻色と多様だ。ともあれ、これだけ大勢のヒトがひとところに固まって共同体を築いている例は、世界にも類を見ない。  ただし里人には共通点があった。ヴォルフへ向ける目は憎悪の(ほむら)に燃えて、全獣人に対してそうであることが、ひしひしと伝わってきた。  挨拶代わりに石を投げつけられないだけマシ、とヴォルフは思った。ただ自分はともかく、輝夜までが同罪と見なされて()われるという展開は断じて避けたい。  王子の端くれとして、かしずかれるのには慣れっこでも、へいこらするなど真っ平だ。とはいえ輝夜の今後が懸かっていると思えば話は別だ。敵意に満ちた視線が全身に突き刺さるような状況下、見栄も外聞もかなぐり捨てて土下座した。  やれ、と命じられれば里人全員の足だって舐めてみせる。俺はすぐ出ていく、たとえ拷問にかけられても里のことは口外しないと誓う、だから輝夜を仲間に加えてやってくれ──そう懇願した。  獣人は凶暴で狡猾だ、この豹族のクソッタレは中央政府が送り込んだスパイに決まっている──等々。怒号が渦巻き、弓に矢がつがえられるなか、(おさ)と呼ばれる四十がらみの男が進み出た。彼は冷厳と輝夜に問うた。

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