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第108話

 ──里の存在をどこで聞きおよんだ。    風の便りに、と輝夜はきっぱりと答えた。次いでハネイム脱出劇の顛末を語るさいには、とりわけ道中のヴォルフの活躍ぶりに関して熱弁をふるった。ヴォルフに倣って這いつくばって、だが凛呼として里人を睥睨(へいげい)する。  ──あなたがたは獣人に恨み骨髄のようだけど、彼は違う。嘘をつくくらいなら死を選ぶ誇り高い男だと保証する。後生だ、ここの一員として迎え入れてほしい……。  熱意にほだされた感があった。里人は侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を戦わせたすえに、妥協案を見いだした。  里人全員の下僕扱いに甘んじて樹木の伐採などの力仕事に従事すること。それが、ヴォルフを住まわせる条件のひとつだった。  何はともあれ新顔を歓迎して(うたげ)が開かれた。広場に篝火(かがりび)が焚かれて、雑穀を醸した酒がふるまわれた。二十数戸の家はすべて茅葺きで、(かいこ)がしゃくしゃくと桑の葉をかじる音が通奏低音のように響く。  前夜、出会った炭焼きの男が地図をすらすらと書いたのも道理。彼は仲買人を兼ねていて、街でしか買えない品物と、里の産の絹織物を交換する労をとるのだという。  ヴォルフも、お相伴にあずかった。山鳥の燻製に舌鼓を打ち、ややあって欠伸が引っきりなしに出はじめて──、 「一服盛られて、おねんねしてる間に牢屋にぶち込まれていました……とさ」  なんたる不覚、なんという体たらく。今いちど渾身の力で格子を揺さぶり、あるいは歯を立てる。メタモルフォーゼ後のゆうべであれば、牙という武器があり、鼻歌交じりに嚙み裂いていたかもしれない。月齢十六の今日の場合、犬歯はただの犬歯で徒労に終わった。  天井は低く、腰をかがめて檻の中を行ったり来たりする。輝夜は無事だろうか。(わざわい)をもたらす者との審判を受けて、やはり拘束されているのだろうか。 「畜生、冗談じゃねえぞ」  岩壁を蹴りつける。まるで合わせ鏡だ、と思う。獣人憎しに凝り固まった里人は、耳欠け病の元凶はヒトというデマに踊らされるハネイム王国の(たみ)と根本的には同じだ。  どいつもこいつも自分かわいさのあまり、有害という烙印を押したものを排除するためとあらば手段を選ばない。  囚われて丸三昼夜が経過した。輝夜ならびに長に会わせろ、と声を限りに叫んでも黙殺されどおし。その間に与えられたものは少量のお粥と瓢箪(ひょうたん)一個分の水だけで、さしも頑健な豹族といえども体力の限界が近い。  

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