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第110話

 血がしたたる心臓を捧げるような(こと)の葉は、岩室に反響して嫋々と尾を引く。伴奏をつけるように虫がすだくなか、ややあって諦念がにじむ微笑が返った。言外にほのめかされたものを読み解き、深読みがすぎる、と自分をたしなめたうえでのごとく。 「きみは存外、うれしがらせを言うのが上手だね。おれみたいな尻軽にはもったいないよ、でも、ありがとう」 「馬鹿、掛け値なしの本心だ。俺は嘘がつけないって太鼓判を押したのは、あんただろうが」  ヴォルフは尻尾を振り立てて強調した。森閑とした家々を()め回すと、琥珀色の双眸がぎらつく。輝夜を陵辱しやがった野郎の陰茎を片っ端から切り落として、まとめて踏みつぶしてやりたい。  だいたい輝夜も輝夜だ、と責める資格などないくせに、ただし心の中で毒づく。がありながら、おとなしく犯られるとはどういうつもりだ。  だったら、と脳みそに直接囁きかけてくる声がした。えらそうなことをほざくおまえ自身は嬲られ放題に嬲られてきた躰と承知の上で、今すぐ、なんのわだかまりもなく愛おしむことができるのか……?  ともあれ勝機が訪れた。お互い人差し指を口の前で立てて、うなずき交わす。集落全体が寝静まっている隙に乗じて、畑のぐるりを大回りする形で洞窟をめざした。  洞窟の内部は迷路そのもので、だからこそ隠れ里の秘密が保たれているのだ。獣人の方向感覚を頼りに、二股、三股に差しかかるたび、ヴォルフは五感を最大限に働かせて正しい道を選んだ。  新月ならヤバかった、と密かに胸を撫で下ろす。勘が鈍って出口にたどり着くどころか、無数に存在する枝道に翻弄されて、延々とさまよう羽目に陥っていた。  光を発する種類の苔が、蛍火さながら行く手をぼうっと浮かびあがらせる。(くだ)のような場所では這い進み、あるいは階段状に連なる岩場を登り下りしたすえに、見覚えがある場所に出た。ぴちょん、ぴちょんと、したたり落ちる石灰分を含んだ雫に育まれた石筍が奇怪な景観を成す。  外界はもうすぐだ。ヴォルフは息を吐き、つないだ手に力を込めた。どうどうと流れ落ちる滝の()があたりを圧しはじめて、くの字に折れ曲がった隘路(あいろ)の先で水しぶきが月光にきらめく。  自然と駆け足になったのもつかの間、ぎくりとして立ち止まった。  滝からにじみ出たように、すいと人影が現れた。ヴォルフは舌打ち交じりに輝夜を背中にかばった。まんまと出し抜かれてしまった。(おさ)が先回りして待ち伏せをしていた。

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