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第112話

  「生憎、ほどこしを受けるほど落ちぶれちゃいねえ」    すさまじい形相で投げ返したずだ袋を受け止め、乾いた場所に置いて曰く。 「誰が獣人風情に恵んでやるといった。これは愚かだが健気な青年への餞別だ」  ヴォルフは(おさ)の傍らをすり抜けざま嫌みったらしく敬礼してみせた。対する輝夜は深々と頭を下げた。  滝をあとにすれば、東に行くのも西へ向かうのも自由だ。とりあえず沢伝いに歩を運ぶ。 水音が次第に遠のき、ヴォルフは肩越しに振り返った。水面(みなも)に枝垂れる木々に遮られて、もはや幾筋かの銀色の輝きがちらつくのみ。  滅びの里、と呟きがこぼれた。住民の数が五十やそこらでは、世代を重ねるにつれて近親婚を繰り返すようになり、いずれ死に絶える宿命(さだめ)だ。  ふりだしに戻った形だが、旅の目的を失った結果、当てもなくさまよい歩く。ただ、それでも収穫があった。二度と離れない、離さない、と互いの瞳が常に語って物狂おしいものをはらむ。  ナナカマドが真っ赤に色づき、いっそう秋が深まっていた。野宿するには厳しい季節だ。水場が近くにあって雨露をしのげる場所を求めて行きつ戻りつしていると、石炭、それとも鉱物の類いだろうか、何かを採掘した跡とおぼしい廃坑を見つけた。  作業員の宿舎だったらしい、あばら屋がそばにあった。野ネズミの巣と化していて寝泊まりするのは御免こうむるが、洗えば使える鍋釜が残っていたのはありがたい。少々錆びた一斗缶にしても何かと重宝する。  岩清水がしみ出し、その周りには(くず)が生えていて主食になる。坑内は地熱のおかげでほんのりと暖かく、なかなかの住み心地だ。  罠を仕かけてウサギを獲り、木の実を貯えておくさまは、ままごと遊びの延長といった(おもむき)があった。あるいは獣人とヒトが主役の、お伽噺だろうか。  安らぎに満ちた日々は反面、うたかたの日々であり、長続きしないことはわかりきっている。渡り鳥の群れが南の国をめざしてつぎつぎと旅立ち、冬の訪れは近い。  標高が高いこの付近ではすでに明け方、夜露をまとった落ち葉がうっすらと凍るほどだ。この調子で雪が積もりはじめると、いよいよ動きが取れない。 「いいかげん山から下りないとな。どこかの街にもぐり込む算段をして。ハネイムの現状が知りてえし……ソーンに手紙を出したい」    ヴォルフは川魚の鱗をこそげながら、輝夜に話しかけた。食料を現地調達で賄うにしても限度があり、山中で冬を越すなど無理な相談だ。ましてや輝夜は獣人より、か弱いヒト。その日暮らしにいつまでも耐えられるとは到底思えない。

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