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第113話

 一斗缶の中で火を(おこ)し、拾い集めてきた枯れ枝を()べる。手は荒れ放題で、細かい作業が多いつけ耳を作るのは、もう無理かもしれない。そのぶん、かなり慣れた手つきで別の一匹の(はらわた)をかき出す。  里心がついたわけではないし、肉親の情などという麗しいものはもとより希薄だ。それでも父王ラヴィアがその後、国情不安に対してどんな政策を打ち出したのか気になる。心が揺れ動く。やはり様子を探るためにも一度、帰国するべきではないのか。 「おれは毎日が楽しい。朝から晩まできみと一緒で、山の恵みを堪能して。何よりヒトと獣人の枠に囚われないのがうれしい」    そう言って輝夜は白い歯をこぼすと、川魚を刺した小枝を一斗缶の(へり)から縁へと渡した。 「けど俺には、あんたを護る義務があるからな。それには街中のほうが何かと都合がいい」  おためごかしと受け取れる答えに、笑顔にひびが入って怒気を含む。 「きみの行動原理が義務感なる偽善臭いものなら、街でもどこでも好きなところへ、ひとりでどうぞ」 「義務ってのは単なる言葉の綾だ。あんたと離れるのは嫌だ、絶対に嫌だ。俺が言いたいのは冬山はおっかないって話だから、本格的に寒くなる前に麓に移ろうぜと、こういうことだ。あとな」  片膝立ちになって身を乗り出した。 「あんたを世界一幸せにしてあげたい。ふかふかの寝床で(やす)めて小ぎれいで、あんたが大手を振って歩ける場所で」 「高望みしたときの代償は大きい、ジョイスだって奪われた。ここがいい、ここにいたい」 「わからず屋。こんな辺鄙なとこにしがみついてても共倒れになるのがオチだぞ」    輝夜は両手で耳をふさいだ。膝を胸に引きつけて、甲羅に隠れる亀のように縮こまると、激しくかぶりを振る。  こんがりと焼きあがるはずだった川魚が、火の中に落ちて消し炭と化していく。焦げ臭さも相まって、ぎすぎすした空気がよけい棘立つ。  ヴォルフは深呼吸をした。気持ちに温度差がある状況で押し問答を繰り返せば繰り返すほど、溝が深まるのは必至だ。 「……(たきぎ)を集めに行ってくる」    言い置いて森に入る。隠れ里から持ってきた手斧(ちょうな)で、蔦だの下枝だのを片っ端から切り払いながら進んだすえに、手ごろな太さの木に狙いを定めた。  幹に手斧を振り下ろすくらい、ふだんは朝飯前だ。なのに今日に限って躰がやけに重い。樹皮を薄く()いだ程度で息が切れて、こんなにもたついているようでは一本切り倒す間に春がきてしまう。  確かに獣人は、月の満ち欠けに体力の充実ぶりを左右される特性がある。周期的にいって新月を挟むここ数日が底ではあるものの、未だかつて経験したことがない倦怠感に襲われて手斧がすべり落ちた。  傍らの木にもたれかかるそばから膝ががくがくと震えだして、幹に沿ってずるずるとへたり込んだ。光の加減だろうか、急速に艶が失せたように見える尻尾が、落ち葉の吹き溜まりにだらりと伸びる。  首筋から尾骶骨にかけて生えている飾り毛にしても、ほつれた麻紐のようなパサつきぐあいだ。躰じゅうが火照り、そのくせ寒気がする。

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