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第11章 天満月

    第11章 天満月  ヴォルフはトンネルを歩いていた。うねうねと続き、だんだん下っていくトンネルを。  前後左右、文目も分かぬ漆黒の闇に閉ざされて、自分が正しい方向へ向かっているのかさえ確かめようがない。しかも進むにつれて足が沈みはじめ、しまいには石膏で押し固められたように動けなくなった。  つと闇のひと隅が、ぼうっと明るんだ。狐火のごとくゆらゆらと揺れて、おいでおいでと手招いているふうでもあり、切々と訴えかけてくるようでもある。  なぜだか無性に胸が締めつけられて、あそこへ行く、と強く念じた瞬間、自分が灯りそのもの──ただし獣人の姿を保ったまま──に変わっていた。傍らに小さな影がうずくまっていて、尻尾にしがみついてきた。  ──助けて、助ケテ……!  変声期に特有のかすれた声が直接、頭蓋にこだまする。  そういうことか、と直感的に悟った。鬼畜の屋敷に囚われていた少年時代の〝輝夜〟が、時空を超えて助けを求めているのだ。すすり泣きにわななく躰を抱きあげると、ヴォルフの内側から発する光が、希望という名の微粒子が乱舞する柱と化してそびえ立つ。 〝輝夜〟をその中に座らせて優しく頭を撫でる。俺たちは未来に再び巡り会い、それから先は寄り添って生きていくのだ、どうか奈落の底から這いあがってくれ──。  寒い、暑い、とヴォルフはうわ言を繰り返した。隠れ里の(おさ)からもらい受けた絹の布にくるまったかと思えば、はねのける。時に人肌の温もりに包まれ、時にひんやりするものが額にあてがわれるが、伸び縮みする鎖で全身を雁字搦めにされているように苦しい。  その苦しさには終わりがないようで、ともすると全身を覆い尽くしにくる黒い靄に、屈服しそうになる。  時間の概念すら消え果てて、それでも(こいねがう)う響きをはらんだ囁き声は別だ。脳みその代わりに、オガクズが頭に詰まっているように意識が朦朧とした状態にあっても、はっきりと聞き取れた。  逝かないでくれ、後生だから、ひとりにしないでくれ──と。  ぜいぜい、ハアハア、と背中を波打たせながら精いっぱい力強くうなずき返す。金輪際、あんたのそばを離れないと誓った。どこにも行きっこない、ただ、ちょっと休ませてくれ。そうだ、少し休めば元気を取り戻す。今はみすぼらしい耳だって、ふさふさと毛が生え変わって元通りだ。  獣人の歴史が始まったばかりのころ、彼らないし彼女らは、ヒトの世紀の、その文明の残滓を参考にして国家を築いていった。仮の宿に定めた坑道は、黎明期の一場面を再現した(おもむき)がある。

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