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第119話

「つまり進行が遅いぶん、じわじわと呼吸器を蝕まれていって致死率が高い型と、きみみたいな仮性耳欠け病とでも言えばいいのかな、潜伏期間が長いのが特徴で、症状が現れるのと並行して毒素を分解する酵素か何かが生成されはじめる型とに大別できるのかもしれないね。あとは、そうだな……」    しなやかな指でこめかみを揉むと、考え考え言葉を継ぐ。 「豹族、獅子族、狼およびイヌ族、それから鹿族──獣人それぞれの属性の違いだとか、持病のあるなしだとかの要素が複雑に絡み合って、明暗を分ける可能性も考えられるね」    興味深い説だが相槌を打つにとどめて、煎った木の実をかじった。かじりたくてうずうずするのは、シャツの胸元にうっすらと影を投げかける乳首……。 「根拠にとぼしい以上、思いつきにすぎないけれど。ハネイムの、権威主義者ぞろいの王立病院の医師たちには一笑に付されるだろうね、もしも、こんな仮説を開陳したら」  少々皮肉を交えて締めくくると、今度は水をついだ椀を手渡してくれる。ヴォルフは思わず手首を摑んだ。  水をまき散らしながら、椀が坑道の奥へと転がっていった。カラコロと残響が尾を引くなかで、手の甲にも掌にもくちづける。  この手が俺を現世につなぎとめてくれていた。闘いを放棄したいという誘惑に駆られることがあっても持ちこたえることができたのは、ひとえに献身的な看病のおかげだ。愛という弾薬庫に火が放たれたように、今すぐ輝夜とひとつに結ばれたくてたまらない。 「堅苦しい話はあとだ」  五指という輪の中で、もがくふうによじれる手を握りなおした。そして股間へといざなう。胡坐をかいた中心が早くもその存在を誇示するどころか、下着を突き破ってまろび出てきそうなくらい猛々しい。 「やんちゃなこいつが、あんたの(なか)に挿入りたくて我慢できないってさ。なだめてくれる気、あるよな」 「狡い聞き方をするね」  駄々っ子をたしなめる口ぶりでそう言うと、 「治りかけが大事なんだから安静にしていなきゃ。ぶり返したら洒落にならないよ?」    かぶさって離れない手を梃子の原理を用いて引きはがし、それでいて艶冶な目つきで睨んでくる。  ヴォルフは豹族の本領発揮とばかりに、ほっそりした肢体を素早く組み敷いた。それすらもどかしく、唇を重ねる。舌で結び目を割りほぐし、その舌をすべり込ませると、今さらながら命拾いをしたという実感が湧いた。  まかり間違えば、このうえなく豊潤な口腔を二度と味わうことは叶わないまま、あの世へ行っていた──。

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