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散歩デート

ふとした時に、自分がほんとうに高岡さんを好きでいることに気づき、なんとなくいたたまれなくなる。 「ちょっと寄り道するか」 「寄り道?」 「寄り道っつーか、散歩」 高岡さんのアパートは大学のすぐそばにあり、通学にはほとんど時間がかからない。むしろ、学校の門をくぐってから目的の教室に辿りつくまでの方が長いくらいだ。 授業が終わり、夕方の校内で落ち合った。当然、そのまま帰宅するものだと思っていたが、少し前を行く高岡さんがふいに、あまりなじみのない路地をまがった。 「散歩ですか? 急ですね」 「ん。なんか平日って学校と家とバイト先しか行かないし、たまには」 「高岡さん今日バイトないんですか?」 「うん、伊勢ちゃんもでしょ?」 「あ、はい」 高岡さんは、話の流れでぼんやり報告したバイトのシフトをよく覚えている。そして俺が休みの日には、ご飯を食べに行こうとか映画を借りてこようとか、気軽に誘うのだ。 そして俺がバイトへ行っているに日は、夕飯を作って待っていてくれる。俺が好きな、から揚げやカレーやハンバーグなんかを手間をかけて作ってくれる。いい恋人だと、思う。 「この辺の路地の感じ好きなんだよな」 「あー分かります。なんかいいですよね」 大学付近の路地は、車がすれ違うのも難しいほど細く入り組んでいる。それを囲うように古びたアパートが立ち並び、人気がなく静かでなんとなく陰欝な空気が停滞している。それが妙に、心地いい。 高岡さんは少し前を歩いている。後ろ姿を改めてまじまじと眺める。広い背中も肩幅も、原色の派手なパーカーも、少し伸びた髪も、ああこの人が恋人なのだなあ、とふと実感して、なんとなくむずがゆくなる。 「……高岡さん髪伸びましたね」 「あーそうな。切らないとな」 「今くらい長くてもいいと思いますけど」 「こういう髪型好き? タイプ?」 「……」 高岡さんは振り返り、毛先をつまむような仕草をしてにやにやと笑っている。高岡さんはどんな小さなきっかけでも、俺に「好き」と言わせたいのだ。そんな風に期待されるから、俺はいつも「好き」と言うタイミングを逃してしまう。 「……別にタイプではないです」 「じゃあどんなんが好きよ」 「えー……?」 「俺、伊勢ちゃんの好みの髪型にするよ? 長くても短くてもパーマでも坊主でも」 高岡さんの愛情はふとした言葉にも溢れているので、俺はうまくその目を見つめ返すことができなくなる。俯いて歩みを早め、高岡さんを追い抜いた。 「どんな髪型にしてもそんなど派手な格好してたらタイプでもなんでもないですよ」 「じゃあ服も伊勢ちゃんの好きそうなやつにする」 「……」 「そういうシャツとかカーディガンとか好きでしょ? 俺も着るよ、おそろいで」 俺は高岡さんとは対照的に、色物よりもシンプルなモノトーンのものが好きだし、シルエットについてもゆるいものよりも、身体にフィットするものが好きだ。いつも派手な蛍光色ばかり着ている高岡さんが、俺と同じような格好をしているところを想像しようとした。 「……普段と正反対すぎて全然イメージできないですね」 「見慣れたらけっこういいかもよ?」 「いいです別に、無理に合わせなくて」 それはつまり、今の貴方が好きです、という意味なのだが、俺のがさつな言い回しのせいでうまく伝わらなかったらしい。高岡さんは告白をすかされたように、少し悲しげに、そして拗ねるように俯いた。俯くと、鼻の筋や顎のラインがいつもより正確に見える。睫毛の長さや唇の形もきれいだ。そんなこと絶対口に出したくないけれど、たぶん俺は、そもそも高岡さんの顔がタイプなんだと思う。言わないけど。 しばらく会話をせずに歩いた。細い道をのぼり、まがり、くだって、古い商店街を抜け公園を突っ切った。もう一度狭く人のいない路地に出たとき、ふらふらと揺れていた高岡さんの掌を掴んでみた。 「えっ」 「えっ?」 「えっ?」 「え? なんすか」 握った手は暖かくてざらついていた。どちらかというと俺の手の方が汗ばんでいたくらいだ。そりゃあ唐突な行動をした自覚はあるが、えっ、ってことはないだろう。なにかまちがいを犯したような気になってしまう。 「……いやならいーです」 手を振り解こうとすると、慌てて追いかけてきた手に握りこまれた。今度は指先をからめ合うような握り方だった。胸が、ぎゅっ、と音を立てた気がする。 「ごめんごめん伊勢ちゃん、驚いただけだから。いやじゃないから、このまま握っててください」 「……」 「びっくりしたんだよ、急にデレるから」 「デレるって言い方なんか気持ち悪いんですけど」 「俺もずっと手ぇ繋ぎたいなって思ってたんだよ。伝わるもんだな」 高岡さんは何度も何度も、指先に力をいれたり繋ぎ直してみたり、ごそごそと動かしていた。皮膚を何度も何度も擦り合わせて、改めて確認しているらしい。 ふと思う、高岡さんは俺のことが好きで仕方ないのだろう。そして俺もまた、伝わりづらい方法ではあるけれど、同じ分だけ想っている。 「帰ったらおかえししてあげるね」 「……いらないです」 「強がんなよ」 掌を握りあったまま、誰もいない路地を歩く。少しだけ、帰ってからのことを想像してしまった。 高岡さんと、布団の中で抱き合ってするキスが好きだ。高岡さんが本当に愛おしそうに指先で髪を撫でるのが好きだ。そのまま舌で口内を撫でられると、背筋から腰元にかけて痺れて一切の理性を溶かされてしまう。次第に高岡さんの余裕が渇いていって、厳しい表情でまさぐられるのが好きだ。そのときの目が好きだ。声が好きだ。息遣いが好きだ。 「あー早く帰りたい」 「散歩したいって言い出したの高岡さんですよ」 「でも早く帰って抱きしめたくなった」 でもたぶん俺は、それを本人に伝えたりしないだろう。けれどたまにこうやって、指先を絡める。掌の温度はくちびるよりよっぽど素直なのだった。

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