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おはようからおやすみまで

「まじかよ……」 寝具を見下ろし思わず声を漏らしてしまう。バスルームから出てきて真っ先に目に入ったのが、布団の上に大の字で寝転がり寝息を立てている高岡さんだったのだから仕方ないだろう。頭を抱えながら、数分前のやりとりを思い出していた。 「た……だいまぁ……」 「おかえりなさい。……顔色悪ぅ」 「つっかれたあ……! 今日めちゃくちゃ忙しかった……伊勢ちゃぁん会いたかったよー……」 「あーはいはい」 今日、バイトを終えて帰ってきた高岡さんは見るからにやつれた表情をしていた。へろへろとよろめきながらドアを開け、靴を脱ぐなり抱きついてくる高岡さんを静かに受け止める。耳のあたりに吸い付いてくる唇もこすりつけられる鼻も、すっかり慣れてしまった。 「あー伊勢ちゃん伊勢ちゃんかわいい、いい匂いする」 「うるせーな」 「伊勢ちゃんかわいいえっちしよ」 「元気なのかそうじゃないのかどっちなんすか」 「元気げんきちょー元気だからえっちしよ」 「あーうるせえうるせえ」 「伊勢ちゃんの充電しないとしんじゃうえっちしよ」 「あーもう分かりましたから一回離れて、シャワーくらい浴びさせてくださいよ」 「えっいいの? えっちしてくれる?」 「はいはい分かったから離れて、暑苦しいんすよ」 「やった! じゃーいい子で待ってるから5秒で来いよ!」 一瞬で表情を明るくさせ、犬だったら尻尾が振りちぎれているのだろうというモーションで俺をバスルームへ送り出す。 そして今。俺は火照った身体を持て余し、シーツの上に転がって眠ってしまった高岡さんを見下ろしながら、途方にくれている。 「ほんっとにこの人は……」 さてどうしてやろうか。このまま俺も隣で眠ってしまってもいいのだが、わざわざシャワーを浴びて、抱かれるための身体にしてきたのに、それを無駄にするというのもなかなか癪だ。そもそもそっちが言い出したくせに、などと次第に腹が立ってきて、とりあえず眠りほうけたその身体に馬乗りになってみる。 「……ばあか……」 声をかけたって腹に体重を乗せたって、高岡さんはろくに反応しない。口を少し開け、阿呆のような顔で眠りこけている幸せそうな表情を見ていたら、寝かせ続けるのも起こすのも癪に感じられた。さて何をしてやろう、と考えながらいったん身体から降り、ベルトに手をかける。 多少強引にボトムを脱がせても、やはり何の反応もない。そのまま下着を脱がせ、下半身をさらした状態にしてもなお起きる気配がない。死んでいるのかなんなのかと疑いたくなる状況で、中心にある高岡さん自身に手を伸ばしてみる。敏感な部分に触れればさすがに起きるだろうと思っていたのに、多少ごそごそと身体を動かしつつも、目を覚ましはしなかった。 「ほんとに起きねえのかよ……」 こうなってくるともう、躍起になってしまう。ほとんど衝動的に、高岡さんの自身を口に含んだ。じゅう、と音を立てて吸い付けば、口の中に特有のしおからい味が広がり、一気に脳内を焼かれてしまった。 つまりは、悪戯ではじめたはずの行為にもかかわらず、そういうモード、に入ってしまったのだ。 「ん、んっ……」 まだ柔らかいそれを口いっぱいにほお張って転がしていると、少しずつ硬度が増していく。あっという間に、慣れ親しんだ硬度にまで成長した。今、眠っている高岡さんの意思とはまったく別の場所で、身体だけが反応しているのだ。そして高岡さんはそれに気づいていない。なんだかもう、とんでもなく重大な罪を犯しているような気になり、同時に腰がしびれる。 「ん、はぁっ……」 硬くなった先端にあごの内側をなぶられ、思わず声が漏れる。強く吸ってみたり、ちろちろと舌を上から下へ、また上へと滑らせてみたり、自由に口を動かしていく。高岡さんが起きていたら、いいねとかもっとこうしてとか色々言われていたのだろうと思うと、静かな現状にもの足りなささえ感じてしまう。 そのとき、ごそ、と身体が動いた。くわえたまま視線を向けると、いつの間に目覚めたのか、頭を少しだけ起こし呆然とこちらを見ている高岡さんと目が合った。しかめ面に張り付いたねぼけ眼は、現実をとらえてもまったく理解できていない様子だ。 「え……?」 「……」 「ちょ、伊勢ちゃん……」 「……おはようございます」 「なにしてんの……?」 「フェラ」 「はぁ……?」 「フェラですけど」 「ええ……?」 あからさまな「混乱」の二文字を顔に張り付け、高岡さんはただぼんやりと俺を見ている。普段なら絶対にやらないが、これ見よがしに舌をちろちろと出しながら、すっかり勃ちあがった先端を舐める。覚醒とともに感覚が蘇ってきたのか、舌を寄せるたびにぴくり、とむずがゆそうに身体が動き、口元から熱っぽい息が漏れる。そして、おそるおそる、といった様子でつぶやいた。 「……夢……?」 その表情が真面目で、子どものようで、思わず笑ってしまう。 「ふは、真顔で何言ってんすか」 「だっておかしいじゃん……俺の知ってる伊勢ちゃんはシラフで自分からフェラなんかしねえもん……おくち使ってってお願いしたってしねって返して終わりだよ……」 「じゃあ夢なんじゃないですかあ、そんな言われ方すんなら二度としてやんねえ」 「あーうそうそ……きもちいい……」 高岡さんは熱っぽく息を吐きながら天井を仰ぐ。この位置からだと、顎を逸らしぼこりと飛び出した喉仏が目に留まる。こういうとき、高岡さんに出会うまで重ねてきたはずの人生の残像を忘れてしまう。汗をかいた喉仏ってめちゃくちゃえろい。 「っ、は……」 高岡さんが分かりやすく反応するとうれしくなってその部分ばかり同じように責めたくなる。結局、起きている高岡さんとするほうがいいのだと実感してしまう。すっかり楽しくなっていたから、高岡さんのストップが入ったときには頓狂な声をあげてしまった。 「も、いいよ伊勢ちゃん……」 「あにがあ?」 何が、といったつもりが、中途半端に口に含んだままだったので言葉はあやふやになってしまった。情けない俺の発音を笑うように、高岡さんは口元をゆるめながらつぶやく。 「俺にもさせて」 高岡さんはこちらの返事も待たず強引に身体を起こし、俺に覆いかぶさってきた。熱い手が身体を這ったかと思えば、あっという間に下着まで脱がされ、吐息が湿った室内を満たす。そして下着の中の様子を見て、いっそう熱い息を吐いた。 「……めっちゃ濡れてるじゃん」 「……うるさ……」 「俺の舐めてるだけでこんな風になっちゃうんだ」 確かめるような手つきと言葉に、期待でまた溢れてしまうのが自分で分かる。高岡さんはうれしそうに息を漏らしながら性器をくわえ、そして早々に手も使いはじめた。 「んあ、あっ」 「……」 「あっ、ちょっ、やめ」 「ん……なに?」 「や、やめてくださ、そこ、一緒に、やるの」 最初のうち、ただ根元をしごいていた手は自然な所作でつるつると滑り、あっという間に割れ目に添えられてしまった。そしてすぐに、突き立てられた指先が準備をしておいた場所に入り込んでしまう。 「あ、ねぇ、ちょっ……やめて、って言って……!」 「やだ」 抵抗したい気持ちと裏腹に、触られれば腰が浮く。腰が浮けば指はさらに奥へ入りやすくなる。つまり、俺が導き入れたようなかたちになる。心と身体がちぐはぐになればなるほど、自分の性質が浮き彫りになるようでいたたまれない。すがるように高岡さんを見ると、その目はすっかり欲に濡れていた。 「人の寝込みを襲うような悪い奴はしつけ直さないとな」 あどけない表情で眠っていた人はどこへ行ってしまったのか。やめて、の言葉を着火材にしたように、一気に指の動きが激しくなる。ぐちゃぐちゃと奥をいじられれば、あ、あ、あ、と情けない声を止められなくなる。その声に反応していっそう激しく動かしていた高岡さんは、根元まで差し込んだ指を一気に引き抜いて、俺がさっきまで舐めていたものをあてがってきた。 「んあ、っあ!」 普段は「いれるね」だとか「いれていい?」だとか、なにかしら言葉とともに動く人だ。何も言わずに挿入する姿から、相当切羽詰った状態だと分かる。荒々しく肌を打ち付ける様子からも、余裕のなさが伝わってくる。 「あっ、はあ、っあ!」 強く腰を打ち付ける高岡さんは無言で、俺の情けない声だけが響いてしまう。でもどこかで高岡さんも、息をついて声を漏らしたりすると、思っていた。そう、思っていただけだったのだ。言葉責めじみたなにかをしたり、体位を変えたり、別の場所をいじったり、するのだと思っていた。しかし高岡さんはそのどれもしなかった。ただ無言で、俺の弱いところだけを打ってくる。いつにない勢いに気圧され、理性が使い物にならない。 「あ、ね、ねえ、あっ!」 「……」 「ね、ねえ、んあ、あ、いっ、いっちゃ」 「……」 「いっちゃう、んですけどぉっ!」 なおも高岡さんは無言で、声が届いているのかいないのかさえ分からない。あ、あ、とまた情けなく漏らし、合間にいっちゃう、いっちゃうと繰り返すものの無表情は変わらない。厳しい、冷たい無表情ではなく、激しい欲が沸き立ちそれを手なづけることができないゆえのものだと分かる無表情だ。強い欲ですべてぶっ飛んでただ腰を打ち付けるだけになってしまった高岡さんを見ながら、俺もまた沸きあがる欲に耐えられず、絶頂へ向けて屈服の声をあげた。 「い、いっちゃ、っあぁ!」 「伊勢ちゃ……」 いっさい容赦されないまま、身体中を激しくも甘い電撃が駆け抜けていく。歪んだ視界の中で、吐き出された精液が高岡さんの身体にかかるのが見えた。ほどなくして高岡さんの動きがさらに乱暴になり、突然動きをとめたかと思えば、中でびくびくと痙攣する感覚が伝わってきた。 「っはあ……っ、はあっ……」 「はぁ……、もー……伊勢ちゃんはさあ……」 お互いに達したあと、高岡さんは汗をかいた身体を俺の身体にのしかかるように重ねてきた。べたりと張り付く感覚が皮膚なのか汗なのか吐き出した精液なのか分からず、同時にもうなんだってよくなっていた。 「伊勢ちゃんはほんと悪い子だよなあ……」 「はぁっ……? なにがですかあ……」 「今日さー……、やりたいこと色々あったんだよ、俺も。疲れて帰る道中早く伊勢ちゃんに会いたい、抱きしめたい、口ん中めちゃくちゃ犯して、乳首もいっぱい可愛がって、伊勢ちゃんの中もじっくりいじめてあげようって考えてたのに」 「帰り道でそんなこと考えてんすか……こわ……」 「そうだよ。なのに計画破綻。伊勢ちゃんにこんなやらしいことされちゃったら何もできないじゃん、どうしてくれんの」 「知るかばか……」 「これだけじゃ足りないんだけど」 熱を持った手で、手首を押さえつけ自由を奪う。甘えた言葉をにせものの怒りでコーティングして、耳元に零していく。その挙動が意味することには気付いているけれど、激しさとともに駆け抜けた行為で、体力はほとんど失ってしまった。降参を示すように身をねじり、シーツから抜け出そうとする。しかし、強い力に制され叶わない。 「……俺、さっさとシャワー浴びて寝たいんですけど……」 「俺はもう眠くないよ」 「知るかよ俺がシャワー浴びてる最中グースカ寝てたらそりゃ眠くないでしょうけどとにかく俺は眠いんですよ」 「でも俺、伊勢ちゃんがああいうことするから起きちゃったんだよ?」 責めるのではなく、甘える声だ。どうせ争いきれないのは分かっているのに、高岡さんが「やりたいこと」を実際にやりはじめるまであいだ、束の間の休息で少しでも眠気を手なづけようとしていた。視界の隅で数分前の自分が、眠りにつく俺を馬鹿にしたように見下ろしている。お前に眠る時間など与えてたまるか、と言うように。

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