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第7話
ジークが長めのスリープ状態から目を覚ますと、牧人はその傍に大きな鞄 を置き、衣類などを詰めている。どうやら旅支度のようだ。
「……牧人、さま? 何をしていらっしゃるのですか」
「何って、決まってんだろ。俺とお前の、亡命準備だよ」
「ぼ、……亡命!?」
「シーっ、声がデカい。この国にいる限り、ヒューマノイドであるお前の動向は、契約主である親父に筒抜けだ。毎月の行動履歴審査まで、あと一週間足らず。……それまでの間で、二人で『マキナス』へ逃げる」
マキナスは、ジークたちの住む日ノ輪国 の法とは正反対の──ヒューマノイドにも国籍が与えられる国。
ヒューマノイドをモノ扱いする国が多い中、マキナスは交易を制限することで、独自の文化を築き上げている。ヒューマノイドなら誰でも一度は夢見る『機工の楽園』として噂される場所だった。
「マキナスに入るには、まず外交官との接触を図る必要があります。そんなことどうやって……」
「もう手配は済ませている。最重要機密だから、接触した方法は言えないけどな」
「いつの間にそんな……」
「いつの間にも何も、最初からそのつもりだった。出会って物心ついた頃から、お前を自分だけのものにすると決めていたからな。だからここ数年かけて色々根回しを済ませ、『あとはお前をどう口説こうか』というところで、まさかのお前自ら俺の腕に飛び込んできてくれた。今回のことは、嬉しい誤算だな」
「本当に、わたしと。……人間との恋愛に、興味はないのですか」
「そもそも俺、人間に興奮できねぇんだわ」
「──ッ!?」
「思春期頃からずっと、おかずは盗撮したお前の写真か、ヒューマノイドのカタログ本だったな」
「そのこと、お父上は……」
「薄々気付いてんじゃねぇの? だからか俺が成人してから今まで五年くらい、ちょくちょくお見合い写真持ってきては『お前は浅霧家の男児だ。ふさわしい妻を選びなさい』だって、うっせぇわ! こちとら興味もないレディの写真延々と見させられて、しかも時々『この子なかなか可愛いんじゃないか?』って、親父の好みなんか知りたくねーっての!!」
相当鬱憤が溜まっていたのだろう。呼吸を荒くして捲し立てるその姿が少し子供っぽくて、ジークは思わずフフ、と笑ってしまった。
「……何、笑ってんだよ」
「いえいえ、何だか可愛らしくて」
「何がだよ!? 俺は、本気で腹が立って……」
「あと、嬉しかったんです。普通の幸せなら、牧人様は人間と結ばれるべきだった。それを人造物であるわたしと、共に生きる未来を選んでくださったことが、信じがたいほどに……幸せで」
「バカ」
歩み寄ってきた牧人が、ジークの額を軽くごつく。
「俺の前で、二度と『人造物』とか卑下するな。……自分の大切な存在をモノ扱いされるとか、胸糞悪ぃだろうが」
「……はい、申し訳ありま──」
「何があっても俺のそばにいてくれ。……俺も、死ぬまでお前のそばにいるから」
──死ぬまで。
ヒューマノイドは古くなった部品を交換できるため、人間と同じように自然と命を閉じることはできない。機械の体にとって、死とはスクラップと同義だからだ。
死を分かち合え無い現実にコアのあたりがチクリとするのを感じながらも、ジークはそっと、愛しい恋人を銀色のアームで包み込んだ。
「わたしの命日は、貴方の亡くなる翌日です。絶対に一人にはしません。だからご安心を」
「……ん」
見ると、牧人がこちらへ唇を尖らせている。
「それは……」
「誓いのキス。……ほら、お前からしろ。俺を一人にしないって、言っただろうが」
「──はい、誓います」
ヒューマノイドの唇は、感触を限りなく人肌に近づけられた素材でできている。
柔らかな二つの皮膚が、触れては離れ、再び触れては感触を追い求めるように、次第に深く濃厚なものになっていく。
「……これ終わったら、荷造りしろよ」
「んぅ……分かり、ました」
「さっき急遽外交官に連絡して、出立は明日の早朝になった。寝坊するなよ」
「ふぁ、い……」
どちらからともなく始まった二ラウンド目は、日が沈んでメイドが夕餉 を告げに来る直前まで続いた。
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