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第1話 ~side 蓮人~

緊迫感が漂う、荘厳(そうごん)な造りの部屋にて、高瀬(たかせ) 蓮人(れんと)高瀬(たかせ) 春樹(はるき)は正座をして、『その時』を待ち構えていた。 どちらも紋付き袴を着て、ひたすら前方を見据えている。 その先には二人の両親ー蓮人とは遠縁ではあるが、血の繋がりはないー、高瀬 剛健(ごうけん) 、高瀬 美代子(みよこ)が微笑を浮かべている。 更にすぐ傍には、可憐(かれん)な二杯の生け花が(たたず)んでいた。 一つは蓮人が作ったもので、もう一つは春樹が。 前者は凛とした印象を与える、洗練(せんれん)した仕上がりで、後者は(いろど)りが鮮やかな、温かみを感じさせる仕上がりだ。 どちらも甲乙つけがたい、が。 「二人とも上出来だ。各々の良さが存分に出ている。父親として鼻が高い。どちらも選びたいところだがーそうはいかない」 剛健は明朗(めいろう)な声色で言い、出来る限り場を和ませようとしていた。 蓮人はしかし、これから彼が発せようとしている言葉を察し、息を呑む。 (どうか、……俺を選びませんように) その願いも虚しく、剛健は声高に宣言した。 「高瀬家の跡取りは、蓮人に任せる」 嗚呼ー。 蓮人は瞼を閉じた。 薄々、感じてはいた。 剛健は、いや美代子も、自分を選ぶのではないかと。 血の繋がりのない、養子である自分を。 彼らが実子の春樹を愛していない訳ではない。 むしろ溺愛と言っても過言ではないくらい、愛情を注いでいる。 だがあくまで冷静な人達で、徹底して仕事に私情を持ち込まないのだ。 春樹の腕が劣っているのではなく、ただ確かに時流を読み、臨機応変(りんきおうへん)に対応出来るのは蓮人の方だった。 そこを考慮(こうりょ)して出した結論なのだろう。 だが。 (春樹さん、……どう思う、だろう……) もし、嫌われてしまったら。 避けられるようなことがあれば、俺は、……。 蓮人は暗い面持ちで、春樹を一瞥(いちべつ)した。 目線が合うと、彼はーくしゃりと相好(そうこう)を崩し、おまけにウィンクまでしてきて。 その愛らしさに、心臓が止まりそうになった。 (っっっ!!!……もう、この人は……!) 7歳も年上の癖に、何処までも純粋で、優しくて、可愛い人。 嫉妬心など微塵(みじん)も抱いていないらしい。 蓮人はようやく覚悟を決め、剛健と美代子に向かって、深々と頭を下げた。 「光栄でございます。謹んでお請け致します」 この高瀬家を、春樹を、生涯(しょうがい)をかけて守ってみせる。 何せ彼は、未来の花嫁なのだから。 心密かに、そう誓っていた。

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