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第2話

高瀬家は華道の家元で、その界隈(かいわい)では知らない者はいないくらいの名家(めいけ)だ。 現当主の剛健はまだ50代だが、早めに跡取りを決めておきたいとの意を示し、18歳になる養子の蓮人と25歳になる実子の春樹、二人に課題を出した。 『今の自分の実力を最大限に発揮して、花を生けろ』 と。 そしてー。 「やっぱ蓮人はすげーなー!絶対選ばれると思ってたぜ。ま、あの出来なら当然だな」 息が詰まりそうな空間を脱し、高瀬家ご自慢の立派な庭園(ていえん)に来た二人は、やっと緊張の糸が切れた。 蓮人は春樹の呑気な発言に、苦笑を漏らす。 「本当にいいんですか?血の繋がりのない人間に跡取りの座を奪われたんですよ?」 「えぇ~だって当主なんて面倒くせーだけだし。俺には向いてねぇよ。蓮人のがセンスあるし、めちゃ綺麗な顔してっし、人気あるし、ピッタリじゃん?」 「全くもう。貴方って人は……」 (どうしてこんなに、純粋でいられるんだろう) と密かに嘆息(たんそく)を吐く。 蓮人としては、当主となった春樹を傍で支えていくつもりだった。 前述(ぜんじゅつ)したように、両親の態度はもとより、自分の容姿に惹かれたーどうやら混血(こんけつ)らしく、アーモンド型の薄茶色の瞳に濃密な睫毛、彫りの深い鼻筋、そして身長は185センチという、誰もが魅了されるものー外部からも、『跡取りは養子の方がいいのではないか』とまことしやかに囁かれてはいたものの。 蓮人から見れば春樹の方が余程美しく、しかも太陽のような明るさを持っていて、跡取りになるべきだと考えていた。 何より自分が選ばれて、関係がこじれるのは嫌だった。 しかしそれは、杞憂(きゆう)だったらしい。 「俺、蓮人の生け花すっげー好きだから!あれが高瀬家で受け継がれるなんて、嬉しいよ」 心底喜んでいるその様に、胸が締め付けられる。 「……春樹、さん……」 「あんな小さかったガキが、もう18かー。いつの間にかでかくなりやがって。身長も抜くなんて生意気だな~このこのっ!」 「ちょ、も~!」 背伸びをして(とは言え、175はあるので小柄ではない)頭をぐしゃぐしゃにかき乱してくる春樹を、手首を掴んで制止した。 屈託ない笑顔が間近にあり、ドクン!とまた心臓が激しく脈打つ。 いつか。 いつか『これ』に触れることが、許されるのだろうか。 10年前からずっとずっと、恋い焦がれているこの『唇』に。 ふっと走馬灯の如く脳裏に、今までの思い出が(よぎ)っていったー。

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