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第3話
容姿と才能に恵まれた蓮人は、しかし高瀬家に引き取られるまでの境涯 は、それはもう悲惨 なものだった。
幼少期に実の両親は蓮人を残して蒸発 し、天涯孤独 の身となって。
その後親戚 の家に預けられるも、そこでも手酷い仕打ちを受けた。
年上の実子である男の子が、蓮人の美貌 に激しく嫉妬し、
『お前、ろくでもない家の子だろ。母ちゃんが言ってたぞ。柄が悪いから心配だって』
『変な顔してるくせに、女の子にチヤホヤされやがって。どうせ皆、本当は嫌がってるんだからな!』
と日々罵詈雑言 を浴びせられ、元々酷く内向的だったのに、更に心を閉ざしてしまった。
そんな中、事件が起こる。
実子の貯金箱が、何故か蓮人の持ち物の中に紛れていたのだ。
彼はここぞとばかりに騒ぎ立て、
『こいつが盗んだんだ!やっぱりろくでもない奴だ!』
違う。
やってない!
僕を追い出す為に、お前がやったんだろ!
そう叫びたかったけれど、実子の迫力に気圧されて、ただ黙るしかなかった。
無論親は彼の言い分を信じきり、そんな子を家には置いていけないと、また施設へとたらい回し。
蓮人は幼いながらに人間不信に陥 り、一切笑わない、無表情な子になった。
月日は流れ、8歳になった頃現れたのが、剛健と美代子だった。
遠縁にあたる彼らは、ふとしたタイミングで噂を聞きつけ、引き取りに来てくれたらしい。
『どうだ、君、我々と家族にならないか?』
『私達は、貴方と家族になりたいと思っているのよ』
家族ー。
それは蓮人にとって魅惑的 で、切ない響きであった。
突然訪れた幸運に、躊躇 するしかなかった。
ひたすら自分に無関心だった実の両親、蔑 まされ続けた親戚の家での記憶が蘇って。
また裏切られるのではないだろうか。
酷い目に遭わされるのではないか。
不安で押し潰されそうだったが、このチャンスを逃せば、一生『家族』と無縁になるかもしれない。
それに剛健と美代子は、いかにも穏やかで、柔和 な空気を纏 っていた。
この人達に賭けてみるしかない。
そう思い、恐る恐るコクンと頷くと、二人は心底嬉しそうに笑った。
そしてー。
『おう、お前が蓮人か!へぇ~マジでイケメンだ。こんな『弟』が出来て嬉しいぜ。俺は春樹。よろしくな!』
15歳の春樹と、出会った瞬間。
全身に、電流が走った。
黒目がちで円 らな瞳に、陶器 を彷彿 させる白い肌。
笑うと目尻が少し垂れ、人懐こい印象を与える。
唇は鮮やかな朱色で、無邪気な顔立ちとは相反して艶 っぽい。
年上だけれど、何て愛らしい人なんだろう。
今まで経験したことのない感情に襲われ、息を呑んだ。
そして強く、心に決める。
『僕は絶対、この人をお嫁さんにする!』
と。
これが蓮人の初恋であり、10年経った今も続く片想いの始まりだった。
春樹は外見だけでなく、人柄も優しく、明るく、驚く程無垢で、頑 なだった蓮人の心を、あっという間に解 かした。
失われた笑顔も、徐々に取り戻していった。
春樹が花を生ける姿に興味を持ち、こっそり覗いていたら、
『蓮人もやるか?面白いぞ~』
邪険 にすることなく、声を掛けてくれる。
どんどん腕が上達しても、嫉妬などせずに、
『えっ、すっげー!お前、才能あるな!将来が楽しみだな~!』
手放しで褒め、頭を撫でてくれる。
その掌 は温かくて、ふわふわで。
いつまでも触れていたい、と思った。
自分だけのものにしたい、と。
だから、……決して『兄さん』とは呼ばなかった。
敢えて敬語も使い続けた。
春樹は寂しがったけれど、こればかりは譲れない。
何せ蓮人は彼と『兄弟』ではなく、『夫夫 』になりたかったのだ。
ずっと傍にいて、この身を犠牲にしてでも守りたかった。
それを改めて意識したのは、蓮人が10歳、春樹が17歳の時だった。
偶然、家政婦達の噂話が耳に入ってきて。
『春樹様は大変ね。妊娠が出来るから、同性からも言い寄られて』
『今は男性同士の結婚も当たり前になったけど、妊娠出来る男性は珍しいし。それにあの可愛らしいお顔でしょう。変なことに巻き込まれないといいけど……』
ドキン、ドキン、ドキン。
蓮人は心臓が大きく脈打つのを感じた。
あらゆる感情が、体を支配する。
春樹は妊娠出来る。
けれど、そのせいで危険に巻き込まれやすい。
喜ぶべきか、案ずるべきか。
戸惑いを隠せなかった。
すると暫 くして、悲劇に見舞われる。
その夜両親は出張で不在、家政婦達も早めに帰宅し、蓮人と春樹だけで夜を過ごすーはずだった。
蓮人は密かに楽しみにしていた。
なのに春樹は夜になっても帰宅せず、焦燥 に駆られて。
電話もメールも応答がない。
親に連絡しようか、探しに行こうか、迷っていたら、玄関の方で音がした。
途端にパアッと瞳を輝かせ、そちらへ向かい、
『春樹さん!お帰り……なさ……』
そう言いかけて、思わず口をつぐむ。
春樹は見るも無惨な、ボロボロの姿で蹲 っていた。
頬は腫れ上がり、衣服は乱れて、白い柔肌が露 になっている。
彼の身に何が起こったのか。
子供の蓮人でも、薄々分かってしまった。
『蓮、人……わり……遅く、なって……』
こんな時でもこちらを慮 り、笑顔を作ろうとするのが憎らしい。
蓮人はたまらず駆け寄り、自分よりも大きな体を、無言で抱き締めた。
ギュッと、力強く。
もう他の誰にも触らせないように。
春樹は一瞬ビクリと肩を震わせたが、
『う、……ううっ……くっ……』
蓮人の背に腕を回し、嗚咽 を漏らす。
ただただ抱き締めるしか出来ない自分が、歯がゆくて仕方なかった。
春樹は痛々しい、掠 れた声で、
『ちょっと、怖い目に、あ、あって……な、何とか逃げたけどっ……まだ、怖くて、ごめ、ごめんな……』
どうやら最悪の事態は免れたらしい、が、それでも怒りが込み上げてくる。
何で。
どうして春樹さんが、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。
誰よりも綺麗なこの人が、傷つけられるなんて。
……許せない。
守らなきゃ。
絶対に絶対に、彼をお嫁さんにして、ずっと傍にいなくちゃ!
蓮人は決意を新たにし、翌日から春樹のボディーガードを買って出た。
本来なら両親にことの顛末 を告げ、プロのSPに頼みたいところだが、春樹が頑として拒んだのだ。
誰にも知られたくない、と。
幸い二人とも同じ小中高の一貫校に通っている為、校舎が近くだったので、一緒に登下校するのは可能だった。
『もう、大丈夫なのに……弟に守られるなんて情けないぜ』
春樹は拗ねつつも、嬉しそうでもあった。
弟じゃないですよ。
貴方の未来の旦那です。
そう言いたいのをグッと堪え、蓮人は春樹に悪い輩 が近付かぬよう、常に警戒していた。
こうして二人は、濃密 な時間を共有していったー。
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