8 / 83
第7話
蓮人は忍び足で応接間の前に座り、扉を僅 かに開けて中の様子を窺 った。
春樹と雄河、剛健と美代子が談笑している。
今のところ、和やかな空気が漂っている。
暫し当たり障りのない世間話が続いていたが、不意に。
「剛健さん、美代子さん。実は今回、大切なお話があって参りました」
雄河の言葉で、場が一気に緊迫した。
剛健と美代子は彼が言わんとすることが、薄々分かっているようだった。
蓮人もまた、固唾 を飲んで成り行きを見守る。
春樹だけがキョトンと首を傾げ、不思議そうに雄河を見ていた。
(もう、そんな可愛い顔で……!)
今にも飛び出しそうになるのを堪え、雄河の出方を待つ。
すると。
「春樹さんと結婚させて下さい」
……ドキン、ドキン、ドキン。
想定はしていたものの、いざ目の当たりにすると、どうしても動揺してしまう。
雄河の悠然とした態度がまた、苛立ちを煽 った。
(落ち着け、落ち着け)
剛健と美代子はやはり予想していたのだろう、さほど驚いた様相ではなかった。
剛健は春樹に宥 めるような、優しい声色で、
「春樹はどうだ。雄河くんと婚姻を結ぶのは」
「……お、俺……俺、……」
可哀想なくらい混乱している春樹を見て、堪らなくなった。
顔を俯 け、小刻みに震えている。
常に自分よりも周りを優先させる人だ。
きっと今、断ったら申し訳ないとか、迷惑がかかるとか、余計な思考に囚われているに違いない。
(あんなクソ野郎と、結婚なんてさせない!)
ついに蓮人は勢いよく扉を開け、呆気にとられる一同を無視し、剛健と美代子の前に跪 いた。
「お話の途中に申し訳ございません。無礼を承知で、どうしても伝えたい、いや伝えなくてはならないお話がございます」
すると言下に、雄河は不快感を露 にし、
「悪いが、今は大事な話の途中だ。すぐに出ていってくれ」
それを制してくれたのは、剛健だった。
「雄河くん、申し訳ないが彼の言い分も聞いてやりたい」
「……」
「蓮人、お前がこんなに場を弁えないのは珍しい。余程のことなのだろう。さ、言ってみなさい」
促され、口を開く前にチラリと春樹を一瞥 する。
彼は今にも泣き出しそうな、不安を抱えた子供みたいな表情をしていた。
……嗚呼、叶うのならば。
今すぐに抱き締めてやりたい。
大丈夫だよ、俺がずっと守るから、と。
伝えてあげたい。
蓮人は真摯 な眼差しを剛健と美代子に向け、告げた。
「春樹さんを、嫁として迎えさせて下さい」
ともだちにシェアしよう!