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第7話

蓮人は忍び足で応接間の前に座り、扉を(わず)かに開けて中の様子を(うかが)った。 春樹と雄河、剛健と美代子が談笑している。 今のところ、和やかな空気が漂っている。 暫し当たり障りのない世間話が続いていたが、不意に。 「剛健さん、美代子さん。実は今回、大切なお話があって参りました」 雄河の言葉で、場が一気に緊迫した。 剛健と美代子は彼が言わんとすることが、薄々分かっているようだった。 蓮人もまた、固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守る。 春樹だけがキョトンと首を傾げ、不思議そうに雄河を見ていた。 (もう、そんな可愛い顔で……!) 今にも飛び出しそうになるのを堪え、雄河の出方を待つ。 すると。 「春樹さんと結婚させて下さい」 ……ドキン、ドキン、ドキン。 想定はしていたものの、いざ目の当たりにすると、どうしても動揺してしまう。 雄河の悠然とした態度がまた、苛立ちを(あお)った。 (落ち着け、落ち着け) 剛健と美代子はやはり予想していたのだろう、さほど驚いた様相ではなかった。 剛健は春樹に(なだ)めるような、優しい声色で、 「春樹はどうだ。雄河くんと婚姻を結ぶのは」 「……お、俺……俺、……」 可哀想なくらい混乱している春樹を見て、堪らなくなった。 顔を(うつむ)け、小刻みに震えている。 常に自分よりも周りを優先させる人だ。 きっと今、断ったら申し訳ないとか、迷惑がかかるとか、余計な思考に囚われているに違いない。 (あんなクソ野郎と、結婚なんてさせない!) ついに蓮人は勢いよく扉を開け、呆気にとられる一同を無視し、剛健と美代子の前に(ひざまず)いた。 「お話の途中に申し訳ございません。無礼を承知で、どうしても伝えたい、いや伝えなくてはならないお話がございます」 すると言下に、雄河は不快感を(あらわ)にし、 「悪いが、今は大事な話の途中だ。すぐに出ていってくれ」 それを制してくれたのは、剛健だった。 「雄河くん、申し訳ないが彼の言い分も聞いてやりたい」 「……」 「蓮人、お前がこんなに場を弁えないのは珍しい。余程のことなのだろう。さ、言ってみなさい」 促され、口を開く前にチラリと春樹を一瞥(いちべつ)する。 彼は今にも泣き出しそうな、不安を抱えた子供みたいな表情をしていた。 ……嗚呼、叶うのならば。 今すぐに抱き締めてやりたい。 大丈夫だよ、俺がずっと守るから、と。 伝えてあげたい。 蓮人は真摯(しんし)な眼差しを剛健と美代子に向け、告げた。 「春樹さんを、嫁として迎えさせて下さい」

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