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第9話
こんなはずではなかった。
もっとちゃんとした言葉で、直接本人に伝えたかったのに。
(……ショック、だよな……)
ずっと可愛がってきた『弟』から、恋愛対象、更に言えば性的な対象として見られていたなんて。
未だ無言を貫く春樹の心情を察し、蓮人は胸を痛める。
やっと聞こえてきた彼の声は、痛々しく掠れていた。
「……どうして、……んなこと言うんだよ……」
「……春樹さん、その……」
「いつから?いつからそういう風に見てた?」
春樹は思った以上に動揺している。
それに釣られそうになるのを堪え、蓮人は真っ直ぐに彼を見据えて、
「出会った時からです。ずっと貴方を、貴方だけを想ってきました」
「……どうして、俺なんか……」
「春樹さんは素晴らしい人です。養子の俺を直ぐに受け入れ、可愛がってくれました。花を教え、頭を撫でてくれました。貴方ほど優しく、無垢な方は他にいな」
「俺はそんな、たいそうな人間じゃねぇよ!」
春樹の瞳には、透明の雫が浮かんでいた。
その泣き顔は幼くて、到底成人した男性とは思えなくて。
あまりに儚げな姿に、思わず抱き締めそうになる。
(こんな顔をさせたかった訳じゃない)
無論喜んでもらえるとは期待していなかったが、ここまで心を乱してしまうとは。
後先考えずに行動した自分が恨めしい。
蓮人は焦燥に駆られ、何とか落ち着かそうとしたが、春樹がそれを遮り、
「お前ならもっと可愛い、もっと若い女の子と結婚出来る。いや、むしろ選び放題だ。妊娠出来るとは言え、こんなアラサーの男に惚れてる場合じゃねぇ。普通の結婚をして、幸せになってくれ」
こんな時でも。
彼の口から溢れ出たのは、蓮人の身を案じるものだった。
何で、どうして。
これ程優しくいられるのだろう。
養子の癖に気味が悪いと、そんなつもりで接していたのかと、罵声 を浴びせても可笑しくないのに。
(やっぱり俺は、春樹さんしかいないんだ)
蓮人は改めてそう痛感し、思いきってー春樹の頬を、両手で包み込んだ。
温かく、滑らかな肌が心地好い。
春樹は途端に泣き止み、ひたすらキョトンとしていた。
幼子のような愛らしさに、堪らなくなる。
「ごめんなさい、それは出来ません」
「……れん、……」
「俺は春樹さんしか愛せない。女でも男でも、他人なんかどうでもいい。例え春樹さんが妊娠出来ないとしても、貴方しか考えられないんです」
長年抱いていた想いが、堰 を切ったかの如く溢れ出した。
もう止まらない、止められない。
春樹の赤く腫れた目元を親指で撫で、ポカンと開いた唇に陶然 とする。
もっと触れたい、もっと感じ合いたい、という欲求を抑え、
「……嫌ですか?俺のこと……嫌いになりましたか……?」
「……嫌い、なんかじゃ……ただ、……お前には、幸せに……」
「俺の幸せは、春樹さんの傍にいること。ただそれだけです。……春樹さんは?春樹さんは……どうしたい……?」
「お、俺……俺、は……」
首元まで真っ赤になっている春樹を前に、少し、ほんの少し希望を見出だせた気がした、が。
彼は我に返ったように蓮人を振り払い、一瞬唇を噛み締めてから、
「……とにかく、もっとちゃんと考えろ。辞退するなら早い方がいい」
低く、淡々とした口調でそう忠告すると、足早に部屋を出て行ってしまった。
次の瞬間、とてつもない脱力感に襲われ、嘆息を漏らす。
(覚悟はしていたけど、なかなか厳しいな。でも)
辞退する気など毛頭ない。
自分を選ぶかどうかはともかく、まずはこの勝負に打ち勝ち、春樹を雄河の呪縛 から解放してみせる。
蓮人は人知れず、激しい闘志を燃やしていた。
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