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第10話

しかし後々、蓮人は圧倒的に不利な立場であることを思い知った。 雄河は既に長谷川家の後継者として名を()せ、あらゆる大会で好成績を収めている。 悔しいが華道家としての腕前は、一目置かざるを得ない。 今回は作品を匿名(とくめい)で公開し、名だたる華道家達に投票してもらうとのことだが。 いかんせん蓮人はまだ経験が浅く、無論自信はあるものの、プロの審美眼(しんびがん)に叶う作風がどういうものか、掴みきれていなかった。 時折不安に襲われながらも、 (でも、絶対に勝たなきゃいけない) と蓮人は寝ても覚めても勝負のことばかり考えていた。 春樹とは、あれから何事もなく過ごしている。 こちらとの関係が崩れるのが嫌なのだろう、健気(けなげ)なまでに普段どおり振る舞う彼を見て、しかし気持ちは加速していくばかりだった。 (ごめんなさい、春樹さん。やっぱり俺は……貴方を愛しています) 絶対に自分だけのものにしたい。 そう決意を固め、来る日も来る日も練習に明け暮れた。 学校と寝食以外は殆どの時間を捧げ、周囲が止めるのも聞かず、ひたすら花に没頭(ぼっとう)した。 全ては春樹の為に。 最愛の人を、守る為に。 そして決戦の時が迫ってきたとある日、事件が起きる。 蓮人が学校から帰宅した途端、真っ青になった莉那が駆けて来て、 「蓮人様!雄河様が突然押し掛けてきて、春樹様の部屋に強引に……!」 一瞬にして、血の気が引いた。 さすがに今は大人しくしているだろうと踏んでいたが、甘かったようだ。 しかも剛健と美代子も不在の時を狙う狡猾(こうかつ)ぶりに、(はらわた)が煮え繰り返る。 家政婦達では拒否出来る訳がない。 蓮人が早めに帰宅したのは、想定外だっただろう。 「分かった。直ぐに向かう」 言うよりも早く、足は春樹の部屋へと向かっていた。 そこは本宅でも奥まった所にあり、普段は物音なども響きにくい。 なのに、二人の激しいせめぎ合いの声が聞こえてきて。 「お前は俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ!」 「やめっ……やめろっ……!」 (春樹さん……!) 不穏な空気を察し、無我夢中でドアを勢いよく開けた。

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