12 / 83
第11話
眼前には、凄惨 な光景が広がっていた。
春樹の衣服は乱れ、露になった白い肌にはいくつものあざが出来ている。
顔は涙に塗 れており、なのに雄河は彼の胸ぐらを掴み、まだ拳を振り上げていた。
蓮人は怒りで我を忘れ、
「春樹さんから離れろ!!!」
怒号を上げながら、二人の間に割って入った。
今はもう雄河よりも身長が高く、体つきも堅牢 になったので、何とか敵った。
ガタガタと震える春樹をギュッと、力強く抱き締める。
宝物を奪われないかのように。
「んだよ、邪魔するな。退け」
そう凄む雄河を、蓮人も負けじと睨み付け、
「絶対に退きません。こんなこと、絶対に許さない!」
「ハッ!許すも何も、どうせ俺の嫁になるんだから、何したっていいだろ」
(酷すぎる……!)
あまりに憎らしい、憮然とした態度に、殴り掛かりたい衝動に駆られたが。
春樹が服の袖を掴み、ふるふると首を横に振ったので、寸での所で踏み留まった。
ずる賢い雄河のことだ、もしここで暴力沙汰を起こしたら、どんな手を使ってでもこちらに非があるように仕向けるだろう。
勝負の前に、周りに悪印象を与える訳にはいかない。
蓮人は一瞬唇を噛み締め、
「春樹さんは俺の嫁です。理性が保てている内に、帰って下さい」
その表情は、余程鬼気迫っていたに違いない。
さすがに雄河も怖じ気づいたらしく、チッと舌打ちして、
「まぁいい。せいぜい吠えてろ。……春樹、結婚したらこれくらいでは済まないからな。覚悟しとけ」
わざとらしく足音を鳴らしながら、部屋を後にした。
途端に気が緩んだのだろう、
「うっ、ううっ……!」
春樹が嗚咽を漏らしたので、蓮人は更に腕の力を強め、何度も何度も頭を撫でた。
艶やかな黒髪の感触が、指先に残る。
「大丈夫。もう大丈夫ですから。すみません、もっと早くに帰るべきでした」
「……ちが……お、俺がもっと、……ちゃんとしたら……強かっ、たら……くっ……!」
弱々しくそう繰り返す春樹が切なくて、愛おしくて。
蓮人は彼が安堵するよう、ただただ温もりを分け与える。
(俺ももっと強くなりたい。春樹さんを守れるように)
内心不甲斐ない自分を責めていると、春樹はふと身体を離し、赤く腫れた瞼を伏せて呟くように言う。
「雄河に、言われ、たんだ……『勝負する前に、俺を選べ』って……」
「……」
そんなことだろうと思った。
心優しい春樹ならば、少し脅せば懐柔出来ると踏んだに違いない。
改めて雄河の卑劣さに、憤懣 やる方ない気持ちが募る。
すると春樹はコツンと、胸元に額を宛がってきて、
「でも、出来なかった……それが、蓮人の為になるって、分かってんのに……俺……」
「春樹さん……」
何を言わんとしているのか。
その真意を汲み取れず、珍しく戸惑っていたら。
春樹は潤んだ瞳でこちらを見据え、
「俺……お、お前と……ずっと一緒にいたいって……思っちまった……」
ともだちにシェアしよう!