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第15話
「蓮人。お前が、春樹の『夫』だ」
……あんなに切望 していた瞬間なのに。
思わず呆然としてしまった。
勝った。
勝ったのだ、雄河に。
そして正式に、春樹を。
「馬鹿なっ!こんなもの、何かの間違いだっ!」
思考を中断させたのは、雄河の怒号だった。
剛健と美代子が居るにも関わらず、すっかり取り乱している。
まさに鬼の形相で、今にも春樹に飛び掛からん勢いだったので、蓮人は咄嗟に彼を背後に押しやった。
剛健はあくまで穏やかな口調で、
「雄河くん。君の作品も大変素晴らしかった。だが公平な診査をした結果、蓮人に決まったのだ。受け入れて頂きたい」
「そんな、納得出来ません!絶対に不正があったはずだ!」
「疑うなら、ご両親に訊いてみなさい。彼らも人選に関わり、目の前で投票、開票している。こちらの潔白 を証明してくれるだろう」
「……っ!」
さすがに堪 えたのか、雄河は言葉を呑み込んだ。
その姿は少々哀れで、蓮人は憐憫 の情を催したが、かと言って当然勝ちを譲る気はない。
暫し重苦しい沈黙が流れた後、
「くそっ!」
雄河はそう悪態 を吐き、荒々しい足取りで部屋を後にした。
途端に、春樹は蓮人にピョンと抱き着き、
「すげー!やっぱ蓮人、すげぇっ!」
その明朗 な声色で、やっと実感が沸いてきた。
春樹と結婚出来る。
自分だけのものに出来る。
ずっとずっと恋い焦がれていた存在を、手に入れたのだ。
蓮人は力強く、彼のしなやかな肢体を腕の中に収めて、
「俺……俺……どうしよう……幸せ過ぎて、おかしくなりそう……」
「バーカ。それはこっちの台詞だっつーの。もう、めちゃくちゃ嬉しい!」
「春樹さん……」
「ありがとな……勝ってくれて、……好きになってくれて、本当、ありがとう……」
次第に春樹の声は掠 れ、瞳には眩 く輝く涙が溢れている。
あまりの可憐さに胸が締め付けられ、堪らず唇でその雫を掬 った。
すると彼はボン!と一気に真っ赤になり、
「お、おいっ!親父とお袋がいるんだぞっ!」
「あっ!も、申し訳ございませんっ!」
迂闊 だった。
いくら『夫夫』になることを認めたとは言え、急に目の前で兄弟として育ててきた二人が、濃密 に接する姿を見せつけられては堪らないだろう。
慌てて頭を下げると、剛健と美代子は苦笑しつつ、
「まぁいい。お前達は『夫夫』になるのだから。仲良くしなさい」
「そうよ。今まで以上に、ね。さ、お父さん。邪魔者は去るとしましょう」
「ああ、そうだな。とりあえず、二人の時間を楽しみなさい」
さすが春樹の両親、と言うべきか。
その寛大 な対応に、蓮人は改めて尊敬の念を抱いた。
彼らの子供になって本当に良かった、とシミジミ思う。
「あ、あの、あのさ、蓮人」
二人きりになり、意を決した様相で口を開く春樹。
蓮人は飛びきり優しい声色で、
「はい、何ですか?」
「その、もし、良かったら……チューとか……してみねぇ……?」
(!?……あーもう!本当にこの人は!)
恐らく無意識に、こちらの琴線 にふれまくっている。
極め付きにはギュっと瞼 を閉じ、微かに震えながら、唇を尖らせて待つ始末だ。
……本当に、誰にも奪われなくて良かった。
蓮人は思わず目尻を下げ、チュッと。
その額 に唇を触れた。
未知の経験が怖いらしく、子うさぎの如く怯えている彼には、今はこれくらいが丁度いい。
まだ時間はたっぷりある。
この時はそう、思っていた。
春樹は目をパチクリさせて、
「チュー……しねぇの?」
「急がなくて大丈夫ですよ。ゆっくり進んでいきましょう」
「……ん。分かった」
少々不満げに頷く様が、愛おしくて愛おしくて。
蓮人は満面に笑みを湛え、幸せを噛み締めた。
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