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第19話

ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、……。 眼前で愛らしく鎮座(ちんざ)するケーキ達に、春樹はゴクンと唾を飲み込んだ。 「どれも美味そうだな……」 幼子を彷彿させるその様相に、周りは微笑を浮かべている。 幼い頃から馴染みの、こじんまりとした洋菓子店。 昔ながらのシンプルなケーキが店頭に並び、見る者を楽しませてくれて。 春樹も蓮人もこちらが大好きで、何か祝い事があるといつも両親にねだっていた。 素朴ながらも懐かしい、まさに思い出の味。 『兄弟』としての関係に終止符(しゅうしふ)を打つ今宵(こよい)に、相応しいと思った。 (ついに明日からは、『夫夫』かぁ) 紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、ようやく(ちぎ)りを結べる。 これまで他人と交際した経験のない春樹にとって、急に『弟』が『夫』になるなんて、怒涛(どとう)の展開ではあるが。 (こ、これからは、その、手を繋いだり、とか……き、き、キス、とか……せ、セセセ) ふと妄想してしまい、恥ずかしさのあまり「ああ~!」と身悶(みもだ)えして、顔見知りの店員に案じられた。 「どうしたの、春樹くん。気分でも悪い?」 「ふぇっ!?い、いや、何でもないっす!あ、このショートケーキのホール、お願いしますっ!」 春樹は笑顔を引き攣らせつつ、何とか誤魔化そうと必死だった。 (いぶか)しがられつつも購入を終え、大事そうに箱を抱えながら、店を後にする。 (蓮人、喜んでくれっかな) 彼は昔からショートケーキが好物で、心底嬉しそうな顔で、口一杯に頬張るのだ。 普段の大人びた言動しか知らない人には、想像もつかないだろう。 『夫夫』になる前にもう一度、それが見たい。 最後に無邪気な『弟』を独り占めして、思い切り堪能したい。 そんな願いから、ささやかな二人だけのパーティーを提案した。 「ふふ。楽しみ~っ」 足取りは軽く。 今にも鼻歌を口ずさむ勢いで、気持ちは(たかぶ)っていた。 すると。 「春樹」 背後から声を掛けられ、振り返る間もなく頭に鈍痛が走り、景色が横転(おうてん)した。 全身から力が抜け、ケーキの箱がぐしゃりと地面に叩きつけられ、中身が飛び出す。 白と赤のコントラストが飛散(ひさん)し、見るも哀れな形になってしまった。 (あっ、ケーキ、……) 蓮人に食べさせてやりたかった。 そんな場合ではないのに、つい考えてしまう。 端整な顔をくしゃりと崩して笑う蓮人の姿が、混乱の中思い浮かんで、消えた。 春樹は糸の切れたマリオネットの如く倒れ、ビクビクと痙攣(けいれん)を起こして、そして。 訳も分からぬまま意識を失い、静かに瞼を閉じた。

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