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第21話

雄河の姿を見た途端、春樹は全てを察した。 彼はゆっくりとこちらに歩を進めながら、 「おはよう。頭は大丈夫か?一応手加減したんだが」 平然と、世間話をするかのような口調だった。 雄河は今までにない程ご機嫌で、しかしその瞳の奥には狂気が見え隠れしている。 春樹はジリジリと後退りし、怯みそうになるのを堪え、必死に虚勢(きょせい)を張った。 「……雄河。どうしたんだよ。何でこんなこと……?」 「何も不思議なことじゃない。俺はお前を手に入れたかった。ただそれだけだ」 雄河は至って悠然(ゆうぜん)としていた。 というより、精神的に何かが欠落(けつらく)してしまっているように見える。 (多分話が……通じねぇ……) 相当な窮地(きゅうち)に立たされていることを、自覚せざるを得なかった。 。 もし気持ちを逆撫でするような発言をすれば、どうなるか分からない。 春樹は慎重に言葉を選びながら、 「雄河は……格好いいし、仕事も出来るし。俺なんかじゃなくてもいいじゃねぇか。そもそも家柄を考えての結婚だったんだろ?だったら」 「分かってないな」 語尾を遮られ、その迫力に思わず口をつぐむ。 雄河は相変わらず微笑んではいるが、僅かに(いきどお)りを(はら)んでいるのが分かる。 (しまった) と内心舌打ちしたところへ、スッと手が伸びてきて。 優しく抱き寄せられた。 今まで散々暴力をふるってきた癖に。 思いもよらぬ行動に、あからさまに狼狽(ろうばい)してしまう。 「雄河……?」 「俺はな、春樹。ずっとお前が好きだったんだ。初めて出会った時から、ずっと」 衝撃、だった。 雄河が自分のことを好き。 しかも初めて出会った時から。 俄には信じ難かった。 だって常に体質をなじられ、時に暴力まで振るわれたのに、好かれているなど誰が思うだろうか。 愛情の裏返しと言うには、あまりに歪んでいる。 春樹が言葉を失っていると、雄河は焦点が定まらない目線を投げ掛け、 「今まで酷い態度をとって、悪かった。好きすぎて、どうすればいいのか分からなかったんだ。いずれ婚姻を結べば、大切にしてやるつもりだった。こんな風に、大切に……」 と指先でこちらの髪の毛を弄んだ。 春樹は(しき)りに戸惑い、どう対応すればいいのか考えあぐねた。 (何とか穏やかに……穏やかに断らないと……!) だが、そんな心中を読み取ったかの如く。 雄河は突然真顔になり、春樹をベッドに向かって突き飛ばした。

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