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第25話
「春樹さんっ!!!」
それは。
雄河ではなく、昔から耳に馴染んだ、安堵感を覚える……蓮人の声だった。
幻聴、かと思った。
彼を恋い焦がれるばかりに、脳が惑わされたのかと。
春樹はしかし、恐る恐る顔を上げるとーずっと願っていた光景が、視界に飛び込んできた。
汗まみれになった蓮人が、必死の形相でこちらに駆け寄って。
「春樹さん、春樹さんっ……やっと……やっと見付けた……!」
ギュッと。
力強く抱き締められ、筋肉質な、逞しい腕に包まれる。
余程心配していたのだろう、こんなに焦っている表情を見るのは初めてだ。
春樹は。
暫し実感が沸かなかったが、次第に状況を呑み込んだ。
ゆっくりと蓮人の背に手を回し、
「蓮人……?本当に……?夢じゃ、ない……?」
「はい。蓮人です。……酷い……こんなことするなんて……!」
蓮人は瞳を潤ませ、腫れ上がった頬や皮が捲れた手を、いとおしげに撫でてくれた。
その指先が優しくて、嬉しくて。
ようやく全てを理解した春樹は、ダムが決壊したかのように、留めなく涙が溢れてきた。
「あ……あああっ……蓮人っ……蓮人、蓮人っ!!!」
無我夢中で蓮人にしがみつき、ひたすら咽 び泣く。
ずっと待ち望んでいた温もりに、我を忘れてしまった。
(やっと……やっと会えた……また会えたぁ……!)
最愛の人と、もう二度と会えないかもしれない。
その恐怖からようやく解放された春樹は、ひたすら蓮人に身を委ねた。
彼もまた掠れた、哀切 な声で、
「大丈夫。もう大丈夫です。早くここから出ましょう。父さんと母さんも凄く心配しています」
と言われ、ハッとする。
春樹は眉を八の字に下げ、首輪に手を当てて、
「駄目だ……これが、どうしても外れねぇんだ。鍵がかかってるみたいで……」
「……あいつ、……本当に、殺してやりたい……!」
蓮人の物騒な発言に、驚きを隠せない。
その瞳は怒りに燃え、何も映していないようで、少し戸惑った。
(もし雄河と鉢合わせたら、やべぇかも)
無論春樹だって、雄河に対する憎しみは底知れない。
だが蓮人の方が危うく、激情に駆られたら何をしでかすか分からない気配が漂っている。
(とにかく雄河が戻って来る前に、ここを出なくちゃ)
春樹が案じている間にも、蓮人は首輪を外そうと試行錯誤 してくれ、
「護身用として、ナイフを持って来ました。これで何とかします。危ないですから、動かないで下さいね」
「お、おお」
今の昂 っている蓮人が刃物を持っている姿は、なかなかの迫力だった。
内心怖じ気づいたものの、少しずつ、少しずつ革製の首輪に切れ目が入って。
春樹はホッと深く息を吐く。
(よし、これで雄河とは会わずに逃げー)
そう楽観視した矢先に。
ドアの開く音が、盛大に響き渡った。
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