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第26話
「雄河……!」
目線の先には懸念 していたとおり、悍 ましい形相をした雄河が立っていた。
一見しただけで殺気立っているのが分かり、思わず身震いをする。
しかしそれに負けない程怒りを露にしたのは、蓮人の方だった。
「てめぇぇーっ!!!」
耳をつんざく蓮人の怒号が、辺りを引き裂いた。
そしてナイフを手にしたまま、雄河に勢いよく飛び掛かる。
不安がものの見事に的中してしまい、春樹は顔から血の気が引いた。
「やめろ、蓮人っ!」
必死に止めようとするも、未だ首輪に捕らわれていて敵わず、伸ばした手が虚しく空振りして。
気付けば蓮人は雄河に馬乗りになり、喉元に刃先を押し当てていた。
チリチリと、その皮膚から微かに血が滲んでいる。
(どうしよ……俺のせいで……蓮人が犯罪者になったら……どうしようっ!)
春樹はパニックに陥り、どうすればいいのか分からず、呼吸すら儘 ならなくなる。
蓮人は何とか理性が残っているのか、寸での所で踏みとどまってはいるが、獣のような獰猛 な顔つきは変わっていない。
まるで彼が彼で無くなるみたいで、怖くて仕方なかった。
にも関わらず、雄河はわざとだろう、平然と挑発してくる。
「どうした?殺すなら殺せよ。別にいいぞ。それでお前と春樹が結ばれないならな」
「……っ!」
蓮人が一瞬怯んだ。
途端に雄河は勢いよく起き上がり、ナイフを奪い取ろうとした。
「蓮人っ!」
春樹の声で察した蓮人は、すぐさま神経を尖らせた様子で、再び雄河を押し戻す。
蓮人の力が予想以上だったのだろう、漸く雄河は苦悶 の表情を浮かべた。
刃先は変わらず喉元に狙いを定めている。
緊迫感 が満ちる中、
「どうして……こんなこと……!」
振り絞るように蓮人が問うと、雄河は冷や汗をかきつつも、淡々とした口調で、
「決まってるだろ。春樹が好きだからだ。誰よりも愛してる。もう昔から嫁にすると決めていた。お前なんかよりずっと前からな」
「!……春樹さんを散々苛めていた癖に……!」
「お子ちゃまだな。暴力も愛情表現の一種なんだ。それに春樹の苦痛に歪む顔って、凄く可愛くないか?お前も本当は見たいんだろ?」
「馬鹿にするな!そんな訳がない!」
(ヤバい……雄河の思うツボだ……!)
眼前で次々と展開する悪夢に、春樹は慄然 とした。
雄河は本気で蓮人を『犯罪者』に仕立てあげようとしている。
例え被害者が監禁 事件を起こしていたとしても、殺してしまってはさすがに過剰防衛 になるに違いない。
狡猾 な彼らしい策略だ。
けれども。
(そんなの、絶対に止めなきゃ!)
そう自身を奮 い立たせた春樹は、何度も何度も必死に訴えかけた。
「蓮人っ!もういい、もういいからっ!頼む、止めてくれっ!」
だがそれを嘲笑 うかのように、雄河はますます煽 ってくる。
「まぁお前には無理か。まだセックスすらしてないんだから。春樹の『アソコ』だって見たことないんじゃないか?前も後ろも。あまり毛も生えてなくて、まるで子供みたいだったぞ。そりゃあ男をたらし込める訳だ」
(嘘だろ……)
春樹は頭を抱えた。
これで逆上しない訳がない。
当然雄河は分かった上で、わざと口にしているのだ。
蓮人はー無言のまま、ナイフを天高く振り上げた。
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