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第29話

救出劇から既に数週間。 春樹はショックのあまり高熱が続き、自室で寝込むことが多かった。 「れんと、れんと……」 意識が混濁(こんだく)しているのだろう、譫言(うわごと)の如く蓮人の名を口にしている。 医者いわく身体の怪我よりも、精神的な負担が凄まじかったので、回復が遅れているとの見解だった。 蓮人はずっと付きっきりで、 「はい、春樹さん。ここに居ますから。大丈夫ですよ」 熱のこもった手を握り締め、頭を撫でて、ひたすら声をかけ続けた。 春樹を取り戻した喜びを感じ、と同時に苦しみに喘いでいる姿に、激しい怒りを覚えながら。 ーその後雄河は警察に捕まり、しかし春樹は被害届を出さなかった為、不起訴になるようだった。 蓮人としては不満だったが、雄河の両親が自宅に訪ねて来て、号泣しつつ土下座までされ、心優しい春樹が無下に出来る訳もなく。 「ちょっとやらしいことされたけど、結局大丈夫だったし、もういいだろ」 と二度と雄河を接近させないことを条件に、あっさり許してしまった。 雄河は地方の精神病院で治療を受けるらしい。 (そりゃ貞操(ていそう)を守れたのは良かったけど……それでも、あんな酷い目に遭わされたのに……春樹さんは優しすぎる) 蓮人にとっては死刑に値する程の罪なので、内心歯軋(はぎし)りするも、当人がそう言うのならば仕方あるまい。 それからの春樹は一進一退を繰り返し、体調が万全になるまで相当な時間を要した。 次第に平熱に戻り、庭園の花の世話や、近所を散歩出来るようになると、周囲は心から安堵した。 「蓮人ー!見ろよ、この向日葵。すっげー綺麗ー!」 庭園に咲き誇る、(まばゆ)いばかりに黄色く色付いた向日葵に囲まれ、満面に笑みを湛える春樹。 その姿は美しくも儚げで、蓮人は思わず腕を掴んだ。 そうしなければまた、何処かに行ってしまいそうで。 (さら)われそうで、……怖かった。 春樹はキョトンと首を傾げている。 「?どした?」 「あ、いえ……本当に綺麗ですね。春樹さんみたい」 「ば、バカッ!んなこと言うなっ!」 春樹は首元まで真っ赤にし、()ねたように唇を尖らせた。 以前と全く変わらぬ反応に、蓮人はようやく肩の力が抜ける。 少しずつではあるが、こんな言葉の応酬(おうしゅう)が出来るようになり、お互いに余裕が生まれ始めた。 となれば、新たな問題が脳裏を過る訳で……。 春樹が帰還(きかん)して、更に数ヶ月。 二人はまだ、中学生よりも(うと)いのでは?と揶揄(やゆ)されそうな、『清い関係』を貫いていた。

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