34 / 83

第33話

露天風呂もまた、噂に違わぬ魅惑的な造りだった。 青々とした繁みに囲まれ、『大自然の中に突如現れた桃源郷(とうげんきょう)』みたいだ。 春樹は瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、タオルで下半身を隠すでもなく、開けっ広げな姿で駆け回る。 「いいなぁ、こういうの。ドラマみたい!」 「そうですね」 と相槌(あいずち)を打ちつつ、蓮人は内心気が気でない。 前述したように春樹の裸体は美しく、当然人目を引く。 特に妊娠出来る男性は、身体のラインが何処か(なまめ)かしく、周囲の人々が関心を持っているのが嫌でも分かった。 (やっぱり部屋にあるお風呂だけにしとけば良かったな。でもそれじゃ、春樹さん拗ねそうだし) 春樹の無邪気さは美点(びてん)だが、時として男を惑わせてしまう。 蓮人は出来るだけ彼の(たて)となり、好奇の目線から守った。 その為つい言動が不自然になり、 「蓮人!あそこのジャグジー気持ち良さそう。行こうっ」 「そうですね」 「おっ次はあっちで景色見ようぜ」 「そうですね」 「はぁ~最高~!なぁ!」 「そうですね」 ……これでは心ここにあらず、と言った風に見えても仕方あるまい。 春樹はショボン、と肩を落として、 「……やっぱりお前、楽しんでなくね?」 「!い、いや、そんなことはっ」 「ごめんな。俺、知らない内にテンション下がるようなこと」 「だからっ違いますからっ!」 (しまった……誤解されちゃった) 悄然(しょうぜん)とする春樹を、何とか励まそうとするも、上手く言葉が見つからない。 ばか正直に『貴方の裸体は男を欲情させるから、心配なんです』と言う訳にもいくまい。 雄河の一件も相まって、彼のプライドを容赦なく傷付けるだろう。 かと言って、愛しい人に嘘は吐きたくなかった。 「俺は……その……あの……」 しどろもどろになっていると、春樹はますます表情を曇らせ、しまいには。 「もう出よっか。のぼせちゃうし」 「えっあっ」 言い訳も待たずに、さっさと浴場を出て行った。 せっかくの婚前旅行だと言うのに、早速暗雲(あんうん)が立ち込め、蓮人は嘆息(たんそく)するしかなかった。 春樹が大切過ぎて、どうしても過保護になってしまう。 もう二度とあんな悲愴(ひそう)な想いはさせたくないから。 しかし。 (ちゃんと旅行を楽しまなくちゃな。きっと春樹さんも、……その……覚悟を……決めてくれてる訳だし……) 先程の、キスを迫ってきた光景を思い出し、カッと頬が熱くなった。 『俺……蓮人になら、何されても平気だから……』 濡れた真っ赤な唇、反して乙女のように色付いた目元、赤子にも負けない滑らかな肌ー。 純な彼があそこまで大胆に出るには、相当な勇気が要ったに違いない。 (しっかりしろ、蓮人!男だろ!春樹さんを安心させて、楽しませるんだ!) そう蓮人は自身に活を入れ、勢いよく春樹の後を追った。

ともだちにシェアしよう!