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第35話
(まずいな……)
と瞬時に悟るも、無下には出来なかった。
近頃蓮人は高瀬家の跡取りとして、少しずつメディアに出始めている。
不本意ながらもその容姿が話題となり、雑誌等で特集を組まれることもある。
華道を世間に浸透 させる為にも、必要なことだと理解はしているが、それでプライベートを脅 やかされるようになり、辟易 する時もあった。
とは言え、ファンは丁重 にもてなせとのお達しを受けているので、
「はい、そうです」
と満面の笑みで返すと、黄色い声が響き渡った。
「きゃ~!やっぱり格好いい!」
「あ、あの、握手してもらっていいですか!?」
「はい、勿論です」
「ひゃぁ~大きい手……♡」
「ヤバい~実物ヤバい~」
「私達、本当、普段から蓮人さんの応援しててっ!雑誌も買ってますっ!」
「ありがとうございます。凄く嬉しいです」
「「はぁ~♡」」
こうして実際にファンと交流出来るのは、心底嬉しいし有り難い。
が、今は婚前旅行の真っ最中。
さすがにそろそろ春樹が気にかかり、何とか切り上げようとするも、
「ご旅行ですか?それともお仕事?」
「もう露天風呂には入られました?実はこの近くに、混浴出来る所があるらしくて……」
「ちょっと!何誘ってんのよ~!」
「だってだって~!」
「あはは……は……」
若い女子二人の勢いに圧倒され、蓮人はひたすら冷や汗をかいていた。
頭の中ではずっと、あの愛らしい笑顔が浮かんでいる。
(もう戻らないと……春樹さん心配してるかも……)
意を決して場を去ろうとした瞬間。
春樹がひょっこりと姿を現した。
想定外の展開に、蓮人は動揺を隠せない。
「は、春樹さんっ」
「蓮人~?どした?遅いから心配……」
途中で女の子達の存在に気付いたらしく、語尾が消失した。
いくら鷹揚 な春樹でも、『夫』が若い女子と戯れる(でもないのだが……)のは、受け入れがたいらしい。
みるみる眉が八の字に下がり、泣きそうに顔を歪めて。
蓮人は自分の不甲斐なさを呪った。
「違うんです!この方々は、ファンの人達で」
「お、おう。分かってるって。蓮人は大人気だからな~!……俺、先に部屋に戻ってっから。サービスしてあげろよ」
「へっ」
思わず情けない、素っ頓狂な声が出た。
言下に春樹は足早にその場を去り、取り残された蓮人は呆然としてしまう。
(……ってぼんやりしてる場合じゃない!しっかりしろ、蓮人!)
とすぐさま我に返り、女の子達に向かって、
「ごめんなさい、まだ公式には発表してないけど、彼は俺の婚約者なんです」
「「へっ」」
今度は向こうが素っ頓狂な声を出す番だった。
そりゃそうだ。
急にこんな暴露 されても、どう反応すればいいのか、見当もつかないだろう。
案の定彼女達はポカンと口を開け、虚空 を見据えている。
それでも蓮人は必死過ぎて、顔色を窺 っている余裕はなかった。
「だから、行かなきゃいけなくて。本当に、大切な人なので……。あ、応援してくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします!」
「「は、はぁ……」」
未だ現状を呑み込めていない女の子達を置いて、颯爽 と駆け出した。
数秒後。
「何……あれ……」
「ちょっと……」
「「エモいんですけどー!!!」」
二人が更に熱狂的なファンと化したことを、蓮人は知る由もない。
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