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第41話

天使のような、と形容しても過言ではない程愛らしい、春樹の寝顔を蓮人はじっと見つめていた。 (やっと……一つになれた……) かつてない幸福感に満たされ、自然と笑みが溢れる。 今までの春樹との想い出が、走馬灯(そうまとう)の如く脳裏を過った。 人間不信に陥っていた幼い自分に、ありったけの愛情を注いでくれた、危険な目に遭ってなお、明るく振る舞っていた、恐怖心が拭えないだろうに、身体を委ねてくれたー。 (こんなに幸せでいいのかな) 蓮人は春樹の頬を優しく撫で、ふと思う。 過酷(かこく)な幼少期を過ごしたせいで、未だに幸せに慣れないのだ。 いずれ失うかもしれない、と想像しただけで、つい躊躇(ためら)ってしまう。 けれど彼の温もりに触れていたら、次第に不安は消えていった。 今はただ、この余韻(よいん)に浸っていたい。 「ん~……?あれ、れんとぉ……?」 幼子のような舌足らずな口調で呟き、寝ぼけ眼を手でこする春樹の頭を、蓮人はポンポンと撫でた。 そしてチュ、と額に唇を宛がう。 「おはようございます。と言っても、そんなに寝てないですけど。身体は大丈夫ですか」 「ん、平気……ちょっと変な感じすっけど」 「えっ!?」 「何か今でも、蓮人が中にいる気がして……ドキドキする……」 (おいおい……寝起きからこれかよ……) 迂闊(うかつ)だった。 そうだ、彼はナチュラルボーンな『殺し文句製造機』、油断していたら骨の(ずい)まで蕩けてしまう。 それもまた、本望ではあるけれど。 「春樹さん……またそんな可愛い事言ってたら、毎日抱いちゃいますよ?」 「おおぅ!?何でだ!?別に普通だろ!?」 「はぁ……これだから無自覚は……」 「な、何溜め息ついてんだよー!」 慌てる姿も愛らしくて、ついからかいたくなる。 蓮人はくつくつと含み笑いをし、ふと真顔になり、……さりげなく、小さな箱を取り出した。 ずっとずっと渡したかった。 春樹が自分だけのものという、証。 「あ、あの、こ、これ……」 もっと洒落た言葉と共に贈りたかったのに。 緊張のせいで台詞が飛び、味気なくなってしまった。 春樹はキョトンと目を丸くしている。 繰り返す瞬きが、その可憐さをより際立たせている。 蓮人は深く息を吐き、箱の蓋を開けた。 小振りのダイヤが、燦然(さんぜん)と光を放っていて。 シンプルながらも、洗練されたデザインの指輪だ。 愛する人の喜ぶ顔を想像し、必死に選んだ。 「結婚指輪、です。そんなに高いものじゃないんですが、春樹さんに似合うと思って選びました」 「……」 「もう一度、言わせて下さい。……俺と結婚して下さい。ずっとずっと、おじいちゃんになるまで、一緒に居ましょう」 蓮人は瞼をキツく閉じ、震える声で告げた。 既に婚約しているのに、何処かでまだ信じきれていないらしい。 しかも暫し春樹の反応がなく、(ま、まさか失敗!?)と不安が強襲して、恐る恐る薄目を開けると。 彼は……ポロポロと、大粒の涙を溢していた。 それはダイヤに負けない程美しく、思わず見惚れてしまう。 「わ、わりぃ……めちゃくちゃ、めちゃくちゃ嬉しくて……幸せで……泣いちまった……」 「春樹さん……」 (嗚呼) 絶対に、生涯を通してこの人を守ろう。 何を犠牲(ぎせい)にしてでも。 泣きじゃくり、それでも笑顔を見せようとする春樹を前に、蓮人は改めてそう心に固く誓った。

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