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第44話
「はぁ……」
春樹は鉛のように重い足を必死に動かし、帰路 を歩いていた。
大した距離ではないのに、長い長い道程 に思えてくる。
きっと精神的なものが影響しているのだろう。
脳裏では先ほど、男性専用の産科にて医師と交わした会話が、反芻 して離れない。
『残念ながら、今回も妊娠は認められませんでした』
もう何度目だろう。
この台詞を聞くのは。
飽き飽きしてしまった。
嘆息を漏らしそうになるのを、何とか堪える。
医師は優しく、諭すような口調で、
『次回頑張りましょう。春樹さんは二十代ですし、まだまだこれからです』
『……はい』
そう頷いたものの、内心は暗澹 たる想いが渦巻いていた。
ただでさえ男性は女性より妊娠する可能性が低いのに、二十代だからと楽観している余裕はない。
『夫夫』だと言うだけで、偏見 の目で見てくる人も多い中、妊娠が出来なかったら何と言われるか。
自分だけなら構わない。
しかし蓮人が責められるのだけは、どうしても避けたかった。
それにー何よりも春樹は、彼に血の繋がった家族を作ってあげたかった。
凄惨な幼少期を過ごし、家庭の温もりを与えられなかった彼に。
けれど、雲行きは怪しくなるばかりだ。
「……気が重い……」
蓮人にまた、結果を告げなければならない。
その現実から逃げたくなるも、そうもいくまい。
案の定自宅の扉を開けた途端、待ってましたと言わんばかりに、彼は駆け付けてきた。
「お帰りなさい!遅いから心配してたんです。無事で良かった」
「おお……」
ギュッと抱き締められ、春樹は少しだけ肩の力が抜けた。
相変わらず蓮人は自分を大切にしてくれている。
愛されていると伝わってくる。
(だからこそ、絶対子供が欲しいんだけどな……)
こちらの悄然とした表情で、蓮人は何が起こったのか汲み取ったらしい。
泣きたくなるくらい柔和な声色で、
「春樹さん。……俺、子供は欲しいっちゃ欲しいですけど、でも春樹さんが居てくれたらそれで幸せなんです。だから、そんな顔しないで」
「蓮人……」
大きな掌に、両頬を包み込まれる。
急に安堵感を覚え、目頭が熱くなるが、唇を噛み締めて何とか堪えた。
そんな春樹を蓮人は再び抱き締め、繰り返し後頭部を撫でる。
「愛してます、誰よりも。だから泣かないで下さい」
「……グスッ……泣いてねーよ」
「ふふ。意地っ張り」
(ああ、マジこいつの赤ちゃんが欲しいぜ……)
堅牢 な胸板に額を擦り付けながら、改めて思う。
甘美な、しかしちょっぴり切ない空気が、室内に漂っていた。
そこへ、
「あのー……ラブラブのところ、申し訳ございません」
「「!!??」」
二人が素早く目線を遣ると。
莉那がバツが悪そうな顔で佇んでいた。
春樹は瞬時に身体を離し、動揺を隠そうとするも、
「あ、あはは、はは、ど、どどどうした!?」
見事なまでに吃 り、すると蓮人が吹き出したので、肘で横腹をつついてやった。
(誰のせいだと思ってんだ、ったく)
と睨み付けてやる。
莉那もまた豪快 に笑い、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、
「本当にすみません。剛健様と美代子様がお二人をお呼びです」
と伝えられ、春樹はキョトンと首を傾げた。
二人揃って呼び出されるのは久しぶりだ。
寛大で色々と斟酌 してくれる彼等は、結婚生活や妊娠に関しても一切干渉してこない。
(となれば、仕事のことかな?)
春樹は疑問に思いながらも、蓮人と共に向かうことにした。
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