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第45話

「弟子……?」 思わぬ剛健の発言に、春樹と蓮人は顔を見合わせた。 剛健は困ったように嘆息を吐き、 「実はな、うちを懇意(こんい)にしてくださっている名家のお孫さんが、どうしても蓮人の弟子になりたい、と言ってるらしくて……何度も(かわ)してるんだが、なかなかしつこいんだ。女子大生で夏休みの間だけ、とは言っているんだが」 「はぁ……」 「蓮人に訊くだけ訊いてくれ、と。だが相手が女性となると、春樹の気持ちもあるからな。こうして二人で来てもらった」 (なるほど、そういうことか) 漸く腑に落ちた。 そりゃ『夫』にも了承を得なくてはなるまい。 春樹は暫し思案した。 本音を言えば当然、嫌だ。 蓮人の自分への気持ちが揺るぎないものと知ってはいても、やはり不安になる。 だがここは一つ、年上の伴侶として鷹揚な対応を 「お断りします」 ……春樹が口を開くよりも早く、蓮人は躊躇(ちゅうちょ)なく言い切った。 ハッとしてそちらに目を遣ると、彼は真一文字に口を結び、滅多に見せない険しい表情になっている。 不穏な空気が、辺りを支配した。 「申し訳ありませんが、妻帯者が若い女性を弟子に迎えるのは、いかがなものかと思います。春樹さんへの負担を考えても、辞退させて頂きたい」 「そ、そうか……」 蓮人の剣幕(けんまく)に、剛健は気圧(けお)されていた。 春樹もまた、想定外の展開に呆然とする。 今まで沈黙を守っていた美代子だけが、クスクスと含み笑いをし、 「だから言ったでしょ、蓮人は絶対に引き受けないって。諦めなさいな」 「う、うむ……しかしだな……」 いつも歯に衣着せぬ物言いの剛健が、珍しく困惑している。 『懇意にしている名家』は、相当な大物らしい。 (もしかして断っちまうと、やべーのなぁ) そう考えると、また別の不安が芽生えてきた。 もし断れば、高瀬家の今後が危ういのではないか。 華道の名家とは言え、人気商売なところがある。 ひょっとすると、経済的に多大な影響を受ける可能性があるのかもしれない。 蓮人が自分を想ってくれるのは嬉しいが、それで彼が窮地(きゅうち)に陥るなんて耐えられない。 (ここは年上の俺がちゃんとしなきゃ) そう奮起した春樹は、わざと明るい声色で、 「別にいいじゃん。夏休みの間だけなら」 「!春樹さん!?」 蓮人は眉間に皺を寄せ、眼光を鋭くする。 美形の真顔はなかなかの迫力だ。 だが、ここで怯む訳にはいかない。 当主の伴侶として、正しい方へ導かなければ。 「多分断ったらやべーんだろ?高瀬家の為にも、ここは引き受けるべきだと思う。なあ、親父」 「春樹……」 剛健が心底安堵した表情を浮かべたのが、全てを物語っていた。 それを見て蓮人は、さすがに反論出来ない様相で、唇を噛み締めている。 美代子は実に母親らしく、こちらの心情を案じ、 「春樹は本当にそれでいいの?」 幼い頃と同じ口調で訊かれ、思わず首を横に振りそうになるのを堪え、満面に笑みを湛えた。 「大丈夫!蓮人が他の人とどうのこうのなるはずねーもん。信じてるから。な?」 「春樹さん……勿論です。貴方以外、全く眼中にありません」 相変わらず気障(きざ)ったらしい台詞を、少しも臆せずに口にする蓮人。 春樹は「だから、そういうことを親の前で言うなっつーの!」と悪態を吐くも、密かに満たされていた。 剛健と美代子も微笑ましく見守っている。 かくして数週間だけではあるが、蓮人に初めて『弟子』がつくことになったのだった。

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