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第46話

弟子志望の名家の孫、こと御手洗(みたらい) 玲美(れいみ)は、実に端整な顔立ちでスタイルも抜群、おまけに人懐っこい性格をしていた。 「御手洗 玲美ですっ、よろしくお願いしますっ!」 と弾けるような笑顔を向けられ、その瑞々(みずみず)しさに、春樹は一瞬気後れした。 (こ、こんなに可愛い子だとは……) つい悄然(しょうぜん)としてしまう。 急に自分が、とてもみすぼらしい存在に思えた。 玲美の方が余程蓮人とお似合いだ。 家柄も申し分ないし、年齢的にも丁度いいー。 (って何考えてんだ!蓮人の嫁は俺だっつーの!) 春樹は鬱々とした考えを退け、ニッコリと笑顔を返し、 「こちらこそよろしくな!分からないことあったら、何でも訊いて。まぁ基本蓮人になるだろうけど。な?」 「はい……」 蓮人があからさまに仏頂面を晒しているので、春樹は慌て横腹を小突いた。 普段は『ファン』を大切にする彼だが、今回ばかりは未だに消化出来ていないらしい。 しかし玲美は見掛けによらず、鋼のメンタルの持ち主のようで、 「蓮人さんっ!私、ずっとずっと憧れていたんです。引き受けて下さり、ありがとうございますっ!」 「あ……はい、こちらこそありがとうございます。よろしくお願い致します」 漸くスイッチが入ったらしい蓮人は、柔和な笑みを浮かべた。 玲美は頬を朱に染め、ほぅっと見惚れている。 健全な若い男子ならば、誰もがキュンとしてしまうであろう愛らしさだった。 春樹は胸がチクンと痛むのを感じる。 (俺が決めた癖に……何でだよ……) 我慢しなきゃ。 蓮人の足枷(あしかせ)になる訳にはいかない。 これも仕事の一環なのだから、ちゃんと受け入れなければ。 春樹はそう自身に言い聞かせ、精一杯虚勢を張り、 「んじゃ、俺はちょっと事務作業してくるな。後は蓮人、ちゃんと指導してやれよ」 「あ、春樹さんっ」 その場から去ろうとすると、腕を掴まれて、そっと。 額に唇を宛がわれた。 温かく、柔らかい感触に、しかし愕然としてしまう。 何せ玲美が見ている前なのだ。 ひたすら目を見開いていたら、蓮人に耳元で囁かれる。 「俺が愛してるのは、春樹さんだけですから」 それは何とも妖艶で、思わずゾクッとする声だった。 春樹は茹で蛸の如く顔を真っ赤にし、「なっ、なっ」と動揺を露にする。 蓮人は悠然と口元を緩め、 「では、また後ほど。行きましょうか、御手洗さん」 「はい……」 春樹は二人の後ろ姿を、暫し放心状態で眺めていた。 これは恐らく蓮人にとって、玲美に対する牽制(けんせい)だったのだろう。 まさか逆に彼女の闘争心を煽ることになろうとは、思ってもみなかったに違いない。

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