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第48話

莉那とはもう長い付き合いだ。 蓮人と同じく辛い境涯(きょうがい)にあった彼女を、春樹は本当の妹のように思っている。 向こうも高瀬家に来た時から、ずっと慕ってくれている。 だからこそ、なかなか容赦がない。 「しみったれたって何だよ、年上に向かって」 春樹が唇を尖らせると、莉那は悪びれもせず、 「本当のことですよ。……気にされてますよね、御手洗様のこと」 ドキッ。 ズバリと正鵠(せいこく)を射た指摘を受け、春樹は思わず呻いた。 莉那は豪快に見えて、他人の心の機微(きび)を直ぐに汲み取る。 幼い頃から苦労を重ねたせいだろう。 今は家政婦の仕事を続けながら、一人暮らしをして大学にも通っている。 産まれた時からぬくぬくと温室で育ち、お金の心配をしたことのない春樹は、そのバイタリティに尊敬の念すら抱いている。 とは言え年下の女の子に、心配をかける訳にもいかず、 「べ、別にぃ?可愛いし、いい子だし。ぜーんぜん気にしてねぇよ」 「相変わらず嘘が下手ですね。私は嫌いですよ、彼女。私達には偉そうですし、あからさまに蓮人様を狙ってるんですもの。気持ち悪いです」 一刀両断。 という四字熟語がぴったりの口調だった。 莉那の忖度(そんたく)のない言葉に、春樹は唖然とする。 「莉那も気付いてたのか……ってか、私達には偉そうって……」 「……告げ口みたいで嫌ですけど、あの人、蓮人様の見ていない所で家政婦達には、お茶が不味いとか、お菓子を買い直せとか、難癖ばかりつけてきます。本当にいい迷惑ですよ」 「そっか……気付かなくてごめんな。俺がちょっと注意」 「駄目駄目!余計ややこしくなります!春樹様が逆恨みされたら嫌ですし。夏休みの間だけですもん、平気です」 「でも」 「……私達より、春樹様の方が心配です。最近、ずっとお辛そうですし。蓮人様があんな女になびくはずはないですが、いい気はしませんもんね。大丈夫ですか?」 「……ん……」 ずっと一人で抱え込んできた感情が、一気に溢れてきて、目頭が熱くなってしまった。 (あ、やべぇ) 慌て渾身(こんしん)の力で(?)、涙を引っ込める。 自覚している以上に、相当精神的に参っていたらしい。 莉那は驚いたように目を見開いた後、少し間を置いて、 「えいっ!」 「!?ひょっと!?」 両頬を引っ張られ、思わず身体を()け反らせた。 痛くはないものの、莉那の突拍子のない行動に戸惑い、情けなくも眉を八の字に下げる。 だが彼女はこちらの反応などお構い無し、ハツラツとした声で、 「私はいつでも春樹様の味方ですから。泣きたい時は遠慮なく泣いて下さい」 「……莉那、……」 「でもやっぱり、春樹様には笑顔が似合います。いつでも笑っていて欲しいんです。だからもし泣かす奴が居たら、私がぶっ飛ばします。それが例え蓮人様でも、容赦はしません」 「ははっ」 莉那の男前過ぎる発言に、つい吹き出した。 こんなに自然に笑みが溢れるのは久しぶりだ。 それを見て彼女もまた、莞爾(かんじ)として笑う。 和やかな空気が漂う中、地を這うような、凍り付いた低い声が辺りに響いた。 「何やってるんですか」 いつの間にか、蓮人が傍で仁王立ちしていたのだ。

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