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第50話
春樹は久しぶりに花を生けたくなり、一室に籠 って集中していた。
近頃裏方に徹していて、つい等閑 にしてしまっていたが、やはり花と触れ合うと気持ちが落ち着く。
マリーゴールド、リンドウ、オキシペタリム、ヒマワリ……。
夏らしく明るい、鮮やかな色合いの花を取り揃え、『対話』していた。
「皆綺麗に咲いてんな~うん、いい感じだぞ。部屋に飾って、蓮人に喜んでもらおうな」
無論、返事はない。
けれど、きっと言葉は届いていると信じている。
実際春樹の活ける花は、なかなか枯れないと評判なのだ。
プライベートなので何の形式にも囚われず、ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら進めていた時。
「失礼しま~す。春樹さん、ここにいらしたんですね♡」
……玲美だ。
若い女の子特有の、甲高い声が静寂 を破る。
春樹は咄嗟に身構えた。
何となく、嫌な予感がした。
彼女の笑顔が、いかにも作り物のように見えたのだ。
(いや、大丈夫、大丈夫……蓮人は俺のことが好きなんだから……)
と自身に言い聞かせ、春樹もまた相好を崩して、
「ああ、どうした?御手洗さん。蓮人は?」
「買い出しに行ってます。私も行こうとしたんですけど、女の子に重い物は持たせられないからって。優しいですよねぇ~蓮人さんって。春樹さんが羨ましいなぁ」
「はは……」
どういう風の吹きまわしか、今日は一段と言動がど直球だ。
頭の中で警鐘 が鳴り響く。
それが表情に出てしまったのだろうか。
玲美は更に勢いづき、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「春樹さんって……どうやって蓮人さんをたぶらかせたんですかぁ?」
ドクンッ。
ついに来た、と悟った。
本性を現した、と。
動揺してはいけない。
蓮人の『嫁』は自分なのだから。
春樹は平静を装い、わざと抑揚 のない口調で、
「俺はずっと蓮人のこと、可愛い弟と思ってたけど……彼に告白されて、めちゃくちゃ考えて、それで……ずっと一緒に居たいと思ったんだ。別にたぶらかしてなんかないよ」
「ふぅん?自覚がないまま、刷り込んだんじゃないんですか?自分を好きになるように、わざと優しくしたとか。小さい頃なら、簡単に出来そうですよね~」
「……」
(挑発に乗っちゃ駄目だ……!)
そう分かってはいても、どうしても感情が昂ってしまう。
刷り込んだ?わざと優しく?
違う、違う。
蓮人は自然と好きになってくれて、そこには純粋な愛情しかないはずだ。
春樹は反論しようと口を開くも、唇が震えて敵わない。
恥ずかしい話、二十歳そこそこの玲美の方が、余程雄弁 だった。
しかも。
「蓮人さん、可哀想。女性の身体を知らないなんて。知ったらきっと、夢中になるのにな~」
……これはまさに、心の何処かでずっと引っ掛かっていた不安で。
言い当てられ、ぐうの音も出なかった。
蓮人は男である自分の身体しか知らない。
もし、もしー女性と関係を持てば、そちらの方が快楽を得られるかもしれない。
ふわふわの柔らかい、しなやかな女体は、さぞかし心地好いだろう。
それに妊娠だってしやすいし、世間の目だってー。
卑屈 な考えが脳にこびりつき、離れなくなった。
呆然とする春樹の耳元で、玲美が可憐に囁く。
「子供もなかなか出来ないみたいですし、解放してあげた方が彼の為ですよ、春樹さん♡」
その発言に抗う力は、もう残されていなかった。
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