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第52話
「残念ながら、今回も妊娠は認められませんでした」
医師の無機質な声を聞いて、春樹は全身を硬直させた。
ショックのあまり、呼吸すら儘 ならなくなる。
視界が二重三重にぼやけ、椅子から転げ落ちそうなのを、何とか堪えた。
(嘘だ……だって……)
「あ、あの……俺、少し前から体調悪くて……つわり、みたいなのもあって……妊娠かなって……思ったんですけど……」
そう。
あの情熱的なセックスから暫くして、春樹は体調を崩していた。
微熱が続いたり、吐き気がしたり、それらは全て妊娠の兆候に当てはまっていて。
今度こそは、と確信していた。
希望を抱いていた。
なのに。
「もしかしたら精神的なもの、想像妊娠かもしれません。時折あるんですよ。妊娠しても飲める安定剤、出しておきますね」
ガン、と。
後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。
ほんの数日だが、新しい命が芽生えたと信じ、幾度もお腹を撫でた。
愛情を込めて、声も掛けていた。
蓮人には伝えていなかったけれど、薄々勘づいていたと思う。
病院に赴 く際は、互いに何処か高揚していて。
彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、送り出してくれたー。
「女性だとあらゆる不妊治療が可能なんですが、男性だと難しいですし、もうしばらくは薬を増やして様子見しましょう。あとはストレスを溜めないようにー」
医師の声が、遠くから聞こえてくるようだった。
自分だけが異世界に隔離 されたみたいだ。
呆然としたまま、いつの間にか病院を後にし、当てもなく街をさ迷う。
玲美の嘲笑 が、脳裏にこびりついて離れなかった。
(俺……俺……)
そこへ、スマートフォンのバイブレーションが鳴る。
蓮人からのメールだった。
『大丈夫ですか?仕事が終わったので、迎えに行きますから、病院で待っていて下さい』
「うっ……!」
今は、ただ。
この優しさが辛かった。
そんな資格も、価値もないのに。
蓮人にはもっと相応しい相手がいるのに。
もし跡取りを産めなければ、自分だけでなく、彼も中傷の的になるだろう。
ほら言わんこっちゃない、男をめとるからだ、と。
その姿を思い描くだけで、涙が留めなく溢れてくる。
春樹は力を振り絞り、震える指先で、
『ごめんなさい』
とだけ返信し、電源を切った。
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