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第53話

「はぁ……もう本当に、春樹様はおバカですねぇ」 そう嘆息と共に呟いたのは、莉那だった。 春樹は唇を真一文字に結び、目線を床に落とす。 ーあれからひたすら歩き回っていたら、偶然通り掛かった莉那に、無理矢理自宅に連れてこられた。 彼女曰く、「あのまま放っておいたら、変な男に襲われる」とのこと。 心外ではあるが、行き場のない身としては大変有り難い。 今は、……蓮人の顔を見たくない。いや、見れない。 罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。 春樹はボソボソと、消え入りそうな声で、 「だって……俺、今度こそはって……期待、しちゃって……蓮人もきっと、気付いてて……なのに……」 「それは全然いいんです。私が言いたいのはー御手洗に何か言われましたね?」 「うっ」 ものの見事図星をつかれ、春樹は言葉に詰まる。 それは『YES』と言ったも同然だった。 莉那はまるで当事者かのように、怒りを露にした。 「やっぱり!おかしいと思ったんですよ。本当に、あの○○女……○○して○○したろうか……」 「!?り、莉那、落ち着けって!そこまで酷いこと言われた訳じゃ」 「嘘ですね。春樹さんの表情見れば分かります。……辛かったでしょう。もう無理しなくていいんですよ」 「……!」 そう言われて。 春樹は一気に肩の力が抜け、次から次へと頬に涙が伝っていった。 大の大人の男が情けない、と自覚しつつも、止められない。 今まで付き纏っていた玲美の呪いが、ようやく解け出した気がした。 「うっ、……くっ……ひっく……」 「よしよし。今はとにかく、ゆっくりして下さい。もう少ししたら、蓮人様が来ると思います」 「……連絡、したのか……?」 柔らかく、温かい掌に撫でられつつも。 予期せぬ発言にピクリと肩を震わすと、莉那は不敵な笑みを浮かべる。 「連絡はしていません。でも分かるんです。春樹様、蓮人様の愛情、舐めない方がいいですよ。貴方の為なら、地球の果てまで追いかけてきます」 「……そう、かな……」 春樹はすっかり自信を失っていた。 自分が居なくなって、むしろ清々するのではないか。 暫くは悲しんでも、彼なら引く手あまただし、直ぐに再婚するのでは。 などと暗澹たる考えに囚われていたら、莉那はピン!と軽くデコピンをしてきて、 「もう、また変なこと考えてます?」 「うっ……」 「もっと自信を持って下さい。……高瀬家にやって来たばかりの頃、不安でいっぱいだった私に、春樹様はとびきり優しくして下さりました。貴方は優しくて、綺麗で、素敵な人です。蓮人様が惚れるのも当然です」 「そ、そんなこと」 言下に謙遜(けんそん)するも、彼女の言葉は荒んだ心を癒してくれた。 それは真っ直ぐで淀みがなく、同情や哀れみではないと感じられる。 自然と頬が緩み、熱が集中するのが分かった。 莉那は安堵したように、フッと微笑を浮かべ、 「まぁ待ってて下さ……いや、もう来ましたね。さすが早い」 耳を澄ましてそう呟くや否や、凄まじいスピードの足音がこちらに近付き、かと思うとガンッ!!!と勢いよくドアが開いて。 「春樹さんっ!春樹さん、ここに居ますかっ!!??」 血相(けっそう)を変え、顔中汗に塗れた蓮人が、鉄砲玉の如く飛び込んできた。

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