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第54話

「れん、と……」 あまりに余裕のないその姿に、春樹は呆然とした。 蓮人はこちらを認めた途端、乱暴に靴を脱いでズカズカとやって来て、 「春樹さんのバカッ!!!」 「!?」 まるで幼児のような物言いに、目を丸くする。 いつも紳士的で、決して怒鳴ったりなどしない彼が。 本気で怒っている。 (俺……マジで嫌われた……?) と懲りもせずに、相変わらずマイナスな方へ捉えていると。 蓮人に思い切り引き寄せられ、息苦しくなるくらい抱き締められた。 そして。 「心配し過ぎて、どうにかなりそうでしたよ……!」 掠れた声で囁かれ、春樹は。 自分の愚かさを呪った。 嗚呼、こんなに愛されているのに。 どうして信じられなかったのだろう。 玲美の言葉なんかに、惑わされてしまったのだろう。 「ごめ……俺、俺……また妊娠出来なかっ」 「……不安なら何度でも伝えます。俺は貴方しか愛せません。他の誰にも興味がありません。子供も、貴方さえ居てくれたらどちらでもいいんです。どうか信じて下さい」 「うっ、う、……うんっ……!」 蓮人の透き通るような、優しい声。 躊躇が一切なく、本心なのだと分かる。 春樹はその逞しい胸板に顔を埋め、嗚咽を漏らした。 今日は泣いてばかりだ。 だがこれは、やっと流せた歓喜の涙。 幾度も頷き、幸せを反芻させて。 「蓮人……俺も……子供が出来なくても……ずっとずっと、一緒にいたいっ……」 「春樹さん……」 「愛してるっ……!」 ひっく、ひっくと揺れる肩を、蓮人はひたすら撫でてくれる。 この温もりを手放さずに済んで、本当に良かった。 あと少しで、取り返しのつかない過ちを犯す所だった。 それもこれも、莉那のおかげだ。 礼を言おうと顔を上げると、しかし彼女は姿を消してしまっていた。 春樹は慌てふためき、 「あっ、莉那、何処に行っちゃったんだ!?」 「気を使ってくれたんでしょう。そういう子です」 「う~気を使わせちまったなぁ……ここ、莉那の部屋なのに……」 申し訳なく思い、悄然(しょうぜん)としていたら。 蓮人から斜め上の発言が飛び出した。 「……春樹さんって、莉那と仲良すぎませんか?」 「ふぇ!?んなことねーよ。前も言ったじゃねぇか。妹みたいな存在で」 「にしても、です。今回も莉那のとこに居るのかもって思ったらビンゴですし」 「そ、それはたまたま」 「分かってます。分かってますけど、お仕置きしなくちゃ、ですね」 「ふぁ!?」 ニヤリ、と意味ありげな笑みを浮かべる蓮人に、春樹は期待と不安が入り交じった目線を、投げ掛けるしかなかった。

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