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第56話
数ヶ月後。
春樹は走り出したい気持ちを抑え、『小走り』で家中を探し回っていた。
誰をって?
無論、蓮人だ。
「あら、春樹様。お急ぎでどうされました?」
通り掛かった莉那が、不思議そうに訊ねてくる。
春樹は恩人である彼女にも、直ぐにこの事実を伝えたかったものの、
(いや、やっぱ一番は蓮人だよな。ごめんな、莉那)
と思い直し、言葉を飲み込んだ。
「あ、あのさっ、蓮人知らねぇ?」
「ああ、蓮人様なら先程、庭園の手入れをされてましたよ」
本来ならばそういう雑務は、次期当主の蓮人がすべきではないのだが、彼は率先 してやりたがる。
いつまでも昔の感覚を忘れない所も、堪らなく好きだ。
(って惚気てる場合じゃねぇや)
「サンキュ!あ、後で莉那にも話があっから!」
「はぁ……」
呆気にとられている莉那を残し、春樹は再び小走りで庭園へと向かった。
色鮮やかな花々が咲き誇るそこで、蓮人は機敏 な動きで枝の手入れをしている。
その横顔は凛々しく、美しく。
一瞬見惚れてしまい、慌てて我に返った。
「おーい!蓮人~!!」
「あ、春樹さん」
こちらに気付いた途端、満面に笑みを湛える蓮人。
ひょっこりと現れる笑窪 が愛おしい。
自分にしか見せない、完全に気を許した笑顔だ。
春樹は少し焦らそうかと思ったが、強い衝動 を止められなかった。
まるで感情を表すかのように、軽くピョンピョン跳ねつつ、
「出来た!」
「え?」
「赤ちゃん……出来たっ!」
明朗な、弾ける声でそう告げたら。
蓮人は暫し呆然とし、それからみるみる瞳を輝かせて。
ギュっとーでも、優しくーこちらを抱き寄せた。
普段より高めの体温が、妙に心地好い。
「ほ、本当ですか……?本当に……?俺達の子が……?」
「マジマジ!実はさっき、こっそり病院行ってきたんだ。最近また調子が悪くて、でも駄目だったらガッカリさせちまうかなって、黙ってたんだけど」
「……そんなこと気にしなくていいんですよ」
「けどよ、今回はマジで妊娠してた!3ヶ月だって!俺達の子供に会えるんだよ!」
「春樹さんっ……!」
蓮人の腕の力が、僅かに強まる。
触れ合った肌を通して、彼の想いが伝わってくる。
「ありがとうございます、本当にありがとう」
繰り返し礼を言われ、しかし春樹は感極まり、頷くしか出来なかった。
こんなに喜んでくれるなんて。
想像以上だ。
(こちらこそお前の子供を産ませてくれて、ありがとうだよ)
そう言いたかったけれど、口から溢れ出るのは嗚咽ばかりで。
苦しかった、辛かった過去が脳裏を過って、そして何処かに消えていく。
過ぎたことはもういい。
今はただ、この新しい命の誕生を祝福し、噛み締めたい。
春樹は蓮人の首筋に額を押し当て、ひたすら肩を揺らした。
「俺、頑張って良いパパになります。春樹さんも子供も、何があっても守りますから」
「……ん……」
蓮人の宣誓 は頼もしく、お腹に居る子も嬉しがってる、気がした。
燦然とした尊い時間が、二人を包み込む。
甘い花の香りと共に。
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