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第57話 ~side 蓮人~

春樹さんさえ居てくれれば、それでいい。 何度そう伝えたことだろう。 なのに彼はいつも不安そうで、無理に明るく振る舞っているように見えた。 確かに蓮人も子供は欲しかったし、世間からの(わずら)わしい声も耳に入っていたが。 春樹さえ傍に居てくれれば、笑顔でいてくれたら、十二分に満たされていた。 (とにかく毎日、この気持ちを伝えるしかない。春樹さんの不安がなくなるまで、ずっと) そう覚悟を決めていた。 ところが、予期せぬ邪魔者が割り込んできた。 御手洗 玲美だ。 どうやら大物の孫らしいが、そんなもの知ったこっちゃない。 春樹と自分との世界に、『異物』が混入するのは耐えられない。 直ぐ様弟子入りを断ったものの、何と当の春樹が受け入れてしまった。 優しい彼のことだ、こちらの立場を(おもんぱか)ってのことだろう。 その気持ちを無下にする訳にもいかず、渋々ながら頷くしかなかった。 それが間違いだったのだ。 とある時から春樹の様子がおかしくなり、不安定さに拍車がかかって。 (あの女、何かしたな) 憶測(おくそく)の域を出ずも、蓮人は確信していた。 すぐにでも追い払いたかったが、何しろ証拠がない。 そこで別の方向から攻めようと、密かに探偵を雇い、彼女のプライベートを調べ上げた。 すると出るわ出るわ、悪行(あくぎょう)の数々。 奴は自身の美貌と立場を武器に、男を(たぶら)かし、気にくわない女子を陥れ、やりたい放題していた。 しかし最も腹立たしかったのは、女友達との卑劣な会話である。 『もうすぐ落とせそうなんだよね。華道のイケメンの、高瀬 蓮人。え?ああ結婚してるけど、相手は所詮男だもん(笑)何かさーいい人ぶっててさ、見ててキモいんだよ、あいつ。あんな奴より、若くて可愛い女の私の方がいいっしょ。だから忠告してやったら、涙目になってたwうける(笑)あの調子なら、勝手にどっか行くと思うわ。もしもの時は誰かにレイプでもしてもらおー。無駄に顔は可愛いから、喜んでやる男いそうだしw』 ……許せない。 許せない許せない許せない。 (やっぱり春樹さんを追い詰めてたのは、こいつか……!) 可能な限り監視していたつもりだったが、詰めが甘かったらしい。 春樹がどれだけ辛かったか。 しんどかったか。 妊娠が勘違いだったと知った時、家出をしたことからも容易に察せられる。 あれは心底ゾッとした。 愛する者を失うかもしれない恐怖を、再び味わうとは。 結果より絆は深まったが、玲美には罰を受けてもらわねば。 蓮人は匿名で彼女の実家と大学に調査結果を送り付け、『相応の対応を願いたい。もし隠蔽(いんぺい)するようであれば、直ぐにマスコミにも公表する』との脅迫文を同封しておいた。 無論あちらは大騒ぎとなり、高瀬家での修行は急きょ取り止め、大学も中退となり、暫し自宅で謹慎(きんしん)すると。 特に祖父である当主の怒りを買い、一から根性を叩き直すと息巻いていると聞いた。 (本当はこんなのじゃ足らないけれど。とりあえず春樹さんから遠ざけられて良かった) 内心ほくそ笑んでる蓮人に、高瀬家を後にする際、玲美はいやらしく瞳を潤ませ、 「蓮人さん……信じて下さい!私、誰かにはめられたんです。嫉妬されることが多くて……私……ずっと蓮人さんの傍にいたい……!」 嗚呼。 何て醜いんだ。 こんな汚らわしい存在を、無垢な春樹さんの近くに置くべきではなかった。 蓮人はもはや害虫を見るような、冷ややかな目線を投げ掛け、 「君の悪行を知らせたのは俺だよ」 「……え……?」 「誰よりも大切な春樹さんを苦しめたんだからね。当然の報いだ。いや、これじゃ足りないくらいだな。本当なら、君をこの手で……」 語尾を言うより先に、玲美は真っ青になり悲鳴を上げて、走り去って行った。 (よし、『駆除』完了だ) 春樹を傷付ける者は、どんな手を使ってでも抹消しなくてはならない。 手早く、彼には気付かれないように。 こうして高瀬家に平穏な日常が戻り、そして。 何と春樹は妊娠し、蓮人は念願の父親になったー。

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