62 / 83
第61話
が、それはぬか喜びであったことを、蓮人は当日思い知る。
春樹は爛々 と瞳を輝かせ、
「映画じゃなくてさ、トイザ○スに行こうぜ!芽におもちゃ買ってやりたい。あと、ファミ○アも。服がすぐ合わなくなるんだよな~」
「あ、は、はい……」
せっかく前売り券まで用意していたのに。
速攻でデートプランを却下され、内心肩を落とした。
(こんなのデートじゃない)
とふて腐れつつも、無論口に出せる訳もなく。
春樹に『え?お前は芽のこと大切じゃねぇの?』なんて軽蔑されたら、と想像しただけでゾッとする。
きっとこれも仕方のないことなのだ。
父親になったのだから。
「あ、これ芽好きそう!買ってもいいか?」
「勿論」
「お、これも良さそうだな……」
「買っちゃいましょう。きっと喜びますよ」
「ありがと!蓮人はいいパパだな~」
『いいパパ』
蓮人にはそれが、しかし皮肉にしか聞こえなかった。
笑顔を貼り付けて、相槌 だけ打って。
本当は寂しくて堪らない。
本当は、……。
(ってストップ!これ以上はドツボにはまる)
蓮人は小さく頭を横に振り、思考を強引に断 った。
そして気持ちを切り替え、次のデートプランへ促 す。
「そろそろランチに行きませんか?昔よく行ってた洋食屋、予約してるんです」
「マジ!?あそこのオムライス大好きなんだよ!嬉しい……!」
満面に笑みを浮かべ、ぴょんぴょん飛び跳ねる春樹。
昔と変わらぬ無邪気さに、思わず顔が綻ぶ。
(うん、この笑顔が見たかったんだ)
ようやくデートらしい、甘い空気が流れ、蓮人は少し安堵した。
ー久しぶりに訪れた洋食屋は、寸分違わず記憶していたままで、二人して懐古 に浸った。
春樹は嬉しそうに辺りを見回し、
「懐かしい……小さい頃、よく家族で来たよな」
「ええ。春樹さんはいつもオムライスでした」
「ふふ。お前はハンバーグでさ、わけっこしたっけ」
そう。
当時から春樹に恋心を抱いていたから、密かに行われた『間接キス』にドキドキしたものだ。
それが今は『夫夫』になり、子供まで出来るなんて、実に感慨深い。
(そうだ、もう十分幸せじゃないか。贅沢言っちゃ駄目だ、……)
蓮人は自身に言い聞かせ、貴重な春樹との会食を楽しんだ。
「うめー!やっぱここのオムライス最高ー!」
「ハンバーグも食べますか?」
「おうっ。……うん、ハンバーグも変わってねぇ。ありがとな、連れて来てくれて」
「いえ、春樹さんの為ならお安いご用です」
「!も~お前は、すぐそういうこと言う……」
と言いつつも、春樹は満更ではなさそうだ。
頬を朱に染め、恥ずかしそうに瞼を伏せるその様は、飛びきり愛らしい。
こちらもウキウキと心が弾み、気分が高揚した。
(よし、最後はデザートで喜んでもらおう)
実はサプライズで、特別にショートケーキをホールで用意して貰っている。
きっと先程と同様、喜びを露にするに違いない。
蓮人はその光景を思い描き、そっと目を細めたー……が。
「あ、わり。お袋から電話」
「え、あ、」
一瞬にして真顔になる春樹を見て、嫌な予感がした。
得てしてこういう場合は、当たる確率が高い。
案の定、漏れ聞こえてくるのは。
「うん、どうした?うん、うん。……分かった。すぐ戻るわ」
……やっぱり。
蓮人は嘆息しそうになるのを、必死に堪えた。
残念ながらせっかくのデートは、二時間足らずで終わりを告げるようだ。
春樹は通話を切った後、申し訳なさげに眉を下げ、
「悪い、蓮人。芽が泣き止まないらしいんだ。その」
「早く帰らなきゃ、ですね。また改めて、デートしましょう」
『嫌だ!もっと二人でいたい!』と叫びたい癖に。
どうしてもいい旦那、父親を演じてしまう。
芽みたいに駄々をこねれたら、どれだけいいだろう。
……いや、馬鹿な考えは捨てなければ。
「さすが蓮人!やっぱ最高のパパだな!」
この笑顔を失いたくない。
彼を失望させたくない。
蓮人は軽く水を口に含み、悠然と微笑んだ。
ともだちにシェアしよう!